忍法魔界転生『紫電改のマキ』

山岡荘八だったか五味康祐だったか、あるいは吉川英治だったかのあとがきだったかエッセーだか解説だかで読んだんだか忘れたのだが、まあ、昭和当時ベストセラーの仲間入りを果たしていた大物時代劇作家が酒の席だかなんだかで一堂に会した時があったんだそうな。んで何を語るかと思えば「最強の剣豪は誰だと思うすか」みたいな話で盛り上がったらしい。よくある「ジョジョ最強キャラスレ」とか「Fate最強キャラスレ」みたいなもんす。この話を読んだ時は「いつの時代も変わらんし、こういうのはアマ、プロ関係ないのう」みたいな感慨を抱いたものだが。
ちなみにその話では上泉伊勢守最強」みたいな感じで収まったらしが、なんとなく分からんでもない。

んで後年、鬼才山田風太郎が大傑作魔界転生で忍法「魔界転生」を使用してあの世からガンガン剣豪を蘇らせて本当にバトルロワイヤルをやっちゃったんであるが。

野上武志紫電改のマキ』である。
セーラー服と重戦車の時もそうだったのだが今回の『紫電改のマキ』でも野上武志はミリオタの雑多な夢を叶えてしまった。
「もし現代社会に往年の名機が蘇ってバトルロワイヤルしたらどれが最強なんだろう」である。
「もし」なんだからおっさんを乗せる必要はない。可愛い女子高生が乗ったって構わない。
「もし」なんだから国籍なんか気にする必要はない。

ところで野上の作品に顕著な「少女」だが、これを傾倒させたのが「ミリ萌え」である。まあ、それ話しだすといろいろややこしいから。
「『紫電改のマキ』もミリ萌え」といえばそうなのだが、僕はどっちかっていうと野上はミリもミリ萌えも両方バランスがとれていると思う。もし野上が極度のミリ萌えだったら世界観の改変にはいかずにキャラの改変に行くと思うからだ。分かり易くいうと『艦これ』『ストパン』あたりの兵器や国家のシンボルそのものを萌えキャラにしてしまう方向である。
しかし野上が改変するのは世界観である。往時の名兵器がそのままの形で、現代社会の舗装道路上空や高層ビルの間を飛んだらどうなるだろう、電車の窓から見えたらどうだろう、民家に突っ込んだらどうだろう、そりゃカッコイイに決まってるだろ、バーカ! みたいな感じなのである。
一方で『ストパン』や『艦これ』の同人誌も描いてしまうのだから、野上は女の子と兵器、両方に頭が上がらない気質なのだろう。しかし『ストパン』同人誌では史実の人物をセッションさせてしまうし、『艦これ』同人ではZ旗をあげたり連合艦隊を組んだり軍カメラマン視点になったりしているのだから、やはり野上には「萌えミリ」では済ませられないどこか純粋なミリに対する強烈で無邪気な憧憬がある。

セーラー服と重戦車』もそうだが『紫電改のマキ』も贅沢である。フィクションなので若干の「嘘」もあるが、野上武志なので登場する兵器の性能はほぼ現実のそのままである。ここがミリオタの強い所である。
専門知識を女子高生の兵器バトルに当たり前の顔をして持ち込めるのは本当に強いと思う。
だからこそ次々と「もし」が可能なのだ。

もし紫電改が団地住宅の間を飛んだらどんな風景になるのか。
もし紫電改がコンクリート製の橋の下を通過したらどうなのか。
もし紫電改が電線が張り巡らされている現代の川原上空を通過したらどんな飛行を強いられるのか。
もし紫電改がスピットやヴィッカース相手に零戦と共闘すればどうなるのか。

紫電改のマキ』にはそんな「もし」というよりは「夢」みたいなものが詰まっている。
兵器が活躍しやすいように世界観の変更をザックリしているのだから、後の細かいことはどうでもいい。学校同士の派閥争いだろうが、百合展開だろうが、いかに面白く戦闘機のバトルロワイヤルを展開できるかという世界観の変更など軽いものである。


繰り返すがこれはミリオタの夢である。「国家」は一切、介入していない。あるのは「この戦闘機かっこええやろ?」「女の子、萌えるやろ?」という無邪気さであって「かつての紫電改の犠牲によって築かれた平和を尊重せよ!」とかいうヤヤコシいものは皆無である。
もしそういうものを感じたとしたら、感じたその本人の心根が反映されているだけだと思う。

貶めるつもりは全くなく、むしろ尊敬しているのだが『紫電改のマキ』の元ネタ紫電改のタカ』の作者ちばてつやは戦体験を有するひとであった。六歳の時に満州終戦を迎えている。さらに『紫電改のタカ』執筆の際、ちばてつやは大量の戦記を読んだ。故に「どうにかしてあの光景を伝えられないか」みたいな部分があったのだが、結果として重い話しになってしまい(失明したり故郷が空襲を受けたり、仲間がどんどん死ぬ)、後半はなんとか少年向けにしようと当時は『スポーツものみたい』と揶揄されるような展開を選ばざるをえなかった(戦闘訓練マシーンがでてきたり、山籠りしたり、謎のエース戦闘機が出てくる)。それでも傑作に仕上げ、野上のようなフォロワーを大量に生んでいるのは、後に『あしたのジョー』で一世を風靡するちばてつやの底力だろう。
野上武志は戦後派のフォロワーだけに、戦中派のちばてつやがどうしても脱臭し切れなかったものを抜けたのだと思う。

ネタバレすると『紫電改のタカ』は愛媛出身で大分基地で物語を終える。主人公、滝城太郎は教師になって戦争の悲惨さを子供達に伝えるという夢を持ちながらも叶わず神風特攻隊員となるのだ。
紫電改のマキ』の主人公、羽衣マキは大分あるいは愛媛訛りを喋る(愛媛と大分のなまりは似ている。港や国道が繋がっており、地形的にも両者は近い影響だと思われる)。恐らく大分か愛媛出身なのだろう。
だからマキは城太郎の生まれ変わりなのだと無邪気でバカな僕は信じたい。だってそっちのほうが夢があるじゃん。

これこそ「死ぬ前に現世に強烈な思い入れがあったものだけが女性を媒介に転生する」忍法、魔界転生なのだ!
まー、魔界転生で復活するとリョナ趣味旺盛なセックスマシーンになったりするんですけどね。

飛行機通学。女子高生が結成した石神新撰組(愛媛の松山航空隊基地は「誠」の旗を掲げていた。また紫電改を操るエースパイロットで編成された三四三隊を総称して「剣部隊」七○一飛行隊を「維新組」四○七飛行隊を「天誅組三○一飛行隊を「新撰組偵四飛行隊を「奇兵隊」と呼称した)。低気圧から抜けた後のエンジェルラダー。「喋る飛行機」の科白「あなたが夢見ることが、叶う場所」虹の彼方に。本編にはミリオタの「夢」がきっちりと詰め込まれている。この世界にはバックボーンがない
飛行機通学も、民家に墜落しても、学校が被弾してもそれらに対する裏打ちは説明されない。ただひたすら「夢」を叶える為に気持ちががいいように改変されている。
夢は自分を叶える為に〜生まれた証だから〜みたいな感じで。


ああ〜『魔界転生』を萌えにしたらどうかなって一瞬思ったけどそれが『戦国コレクション』なのか。

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