「そこではないどこか」を描くということ。
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押井守の『人狼』を久し振りに観たりしたのです。
人狼のディティールの細かさとか、人物の動きのすごさとか、描きこまれた背景とか、どこまでも現実に根拠を置いた動きとか、そういうアニメ畑でいう「作画」の話は故伊藤Pがアニメの方法論ですげえ分かりやすく深い文章で説明してくれてるから、俺は別の方面で。
押井はどこまでも時代と背景を描けるひと「そこではないどこか」を描けるんだなあと。
人狼が2000年制作のいわゆるゼロ年代で、その前と後に「攻殻機動隊」(95)と「イノセンス」(04)を作って、「スカイクロラ」(08)にいっちゃったのは流れとしては当然だったのかなあと。
人狼はどこまでもメロドラマでありながら、その背景と寓話、記号のなかに、個人の思惑とかイデオロギーとか過去の亡霊とかそういう「人間ではないもの」「わけのわからないもの」をきちんと描いているし、それこそがテーマになっている。
だからその後に「かぎりなく今の人間」を描くというか描く作業しかしていない京都アニメーションがすごい勢いで台頭してきてアニメシーンが「かぎりなく今」しか描かなくなったのにはやっぱり時代とか言うものを感じてしまうのです。
「けいおん!」はいわずもがな、「まどマギ」にしたって「かぎりなく今」しか描いていない訳です。しかしそれが故に、現時点でのアニメが示す映像としてはかなりの高レベルの部分まで到達しているのです。
QBさんだって「訳がわからないよ」というセリフが示すように理解できないものは扱いかねているのです。ただし、まどかの行動が「そこではないどこか」という部分のギリギリの位置に立っている。それが作品の焦点になっているからこれだけ論争を集めるのだろうなと。
だから「まどマギ」がヒットしたってことは、それが京都アニメーションをはじめとする今のアニメのラスボスみたいなものかなと。
例えば「中二病でも恋がしたい!」がキャラクターの方法論からアプローチせずに、「中二病と闘う」とかいう「N・H・Kにようこそ!」がやったみたいに、わけのわからんものの方面からアプローチしていればあのアニメは今よりさらに面白くなっていた可能性だって十分にあるのです。そっちのほうがアニメの力としては遥かに高い気がするのです。つかそれは俺の好みですけど。
幾原監督の「ピンドラ」ですら過去の亡霊は桃果の日記と言うすごく分かり易い「死者からの手紙」という手法に翻訳されていたりするのです。両親の亡霊ですら、「過去の指導者」でしか有り得ないのです。
その証拠にあの作品の風景は都市伝説と言う「かぎりなく今」以外のなにものでもない。
「ヱヴァQ」がすんごい勢いでヒットしてますけど、それは庵野や鶴巻がギリギリ「そこではないどこか」を描ける監督だからなんだろうなと。テレビという制約がない劇場だからなおさらかなと。
キャラクターにしてからが全員、過去の亡霊やイデオロギー、他人には絶対に理解できない個人的な思惑で動いている訳だし、背景やガジェットにしてから全部が「そこではないどこか」に根拠を求めているのです。
とにかく京都アニメの「ふもっふ」が03年ですからやっぱりその前の「攻殻」と直後の「イノセンス」っていう「かぎりなく今」を描きだして「スカイクロラ」を描いたのは時代に沿っているのかなあと。
もっとも後の「イノセンス」にしてからがゲスな人形アニメであるし、やっぱりアプローチの仕方が「かぎりなく今」ではなくわけのわからないもの「そこではないどこか」なのです。
俺は高橋慶太郎や広江礼威、相田裕、朝木貴行、武梨えり、山田秋太郎、百合なら秋山はる、ナヲコ、玄鉄絢、メジャーに移行しつつある作家なら上乃龍也、鳴子ハナハル、エロなら如月群真なんかの一部の作家に異常に入れ込んでいる訳ですが、彼らは「かぎりなく今」を描きつつも、どこかにわけのわからない「そこではないどこか」を描ける技量を感じるのです。ヨルムンガンド計画の発端にしたって、ロベルタの復讐劇にしたって色んなわけのわからない思惑が入り乱れているし、それにきちんと決着をつけられることができるのは正直、今の世代と見てきた風景が違うのかなという気すらするのです。
そもそも「日常系」「空気感」って造語自体が既に「かぎりなく今」を描くという括りを体現しているのです。
だからオタクが開発したこの言葉は実は極めてプリミティブな形で現在のアニメとコミックの長所と弱点みたいなものを知らず知らずの内に告発している。
別に今の監督が描けない訳じゃないんだろうと思うこともある。
学園ものとか、活躍する社会人とか、異世界で陰謀と闘うなんて「かぎりなく今」の僕たちが共感できるものが「かぎりなく今」である以上、視聴者の要求に応えなくてはいけないアニメと言うジャンルでは仕様がないかという気もするのですよ。
「さくら荘」のサムゲタンという制作者の表現方法に一部の視聴者が過剰に反応しただけではなく、それにつられて気にも留めていなかった人間までもが一緒になって騒いでいるというのは如実にそれを示していると思うのです。そこには「かぎりなく今」しかないのです。
まあ、しかしそれはアニメ業界に限ったはなしであってエンタメ周辺でも「悪の教典」とか「政治経済、現代思想の啓発書」みたいな「かぎりなく今」がもてはやされている現状ではありつつも、例えばSFではイーガンという人間を人間として扱わない作家がちゃんと注目されてたり、ディックが思い出したように再評価されたり、映画ではノーランやエドライみたいにわけのわからないものを描いたものに凄くみんなが魅惑されたりしている。
アニメの原案を外部からどんどん取り入れて映像化している現在、アニメ業界そのものの流れのなかでは無理ではあっても、そういう「そこではないどこか」を取り入れた作品が、押井が描かなくなって宮崎が作品を後輩に任せるようになり、冨野が御意見番みたいな扱いになった今、若手のクリエイトする作品に単発的に現れてもよかんべえという期待が限りなくあったりするのでした。
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