それでも俺は叫ぶ『キック・アス ジャスティス・フォーエバー』

あなたはふと考える。誰でも抱える疑問。「本当の自分ってなんだろう」
あなたはふと考える。誰でも抱える疑問。「現実に則った生き方ってなんだろう」
あなたはふと考える。誰でも抱える疑問。「いまやるべきことはなんだろう」
しかしあなたが答えを考えている暇はない。次々と情け容赦なく暴力が襲いかかり、対抗しなくてはいけないからだ。ぼんやりしていると死ぬ。
そもそもあなたは生きてきた道順が他人とは根本的に違うので、一般的とされている紋切り型で手垢まみれの思考など最初から適応されない。ではどうすればいいのだろう。

キック・アス ジャスティス・フォーエバー』である。
なんか観る前は期待半分不安半分だった。前監督のマシュー・ヴォーンは制作に回り、僕なんかは全然作品を知らないジェフ・ワドロウが監督を請け負ったからだ。
んでどうだったかというとまず、期待を裏切られることはない。僕みたいに心配だったあなたは安心して劇場に行ってもいいと思う。ではマシューからジェフに替わって、どんな変化があったのか。暴力である。

マシューが監督を担当した前作『キック・アス』はアメコミの映画化としては高いレベルを誇っていたと思う。
原作の「わし、実を言うと正義とか悪とかそういうのにはあんまり興味ないんやで」というフレーバーをうまく保ちつつ、作劇的には多種多様なヒーローもののオマージュやお約束を含めながら、キャラの改変を器用に行い、原作では凶悪さと暴力だけがウリのようなビッグ・ダディですら感情移入の対象にしてしまう。ラストは恋人に帰還を誓い、痛快な復讐劇に赴く、と近代ヒーローもののお手本のような作品であった。

ジェフは「正義とか悪とか実は興味ない」「暴力」という原作『キック・アス』のウリであったこの点をピックアップした。
ジャスティス・フォーエバー』ではキャラは様々な葛藤に遭遇する。実に地に足の着いた思想であり、苦悩であり、社会不適応者のみならず、思春期の人間ならば誰しも体験する問題でもある。普通の映画ならこれに回答を出すのがメインだ。
前作『キック・アス』ですら明確に答えをだす。分かり易い。
一応『ジャスエバ』も答えを出そうとする。ところがそれを圧倒的な暴力が覆いつくしてしまうのだ。
これは敵味方あらゆるキャラに共通している。ボスキャラでさえ「本当の自分とは? 現実を生きるとは?」と問われるのだ。
ところが答えを出す前に暴力が襲いかかってくるので考えている暇がない。というか答えは暴力だ。
まともに現実を生きようとしても暴力が襲ってくるので、いま、持ち得る手段だけで対応しなくてはならない。
しかし『ジャスエバ』のキャラ達はこれまで暴力の世界で生きてきた。
それ以外のまともな手段にあまり精通していない。だからアンサーは暴力。
『ジャスエバ』は100分あるが全編暴力シーンである。どのキャラも暴力以外に世界を生きていく手段を知らないからだ。
暴力には暴力で。

ひでえなあと思ったのが警察であった。警察ですら暴力で主人公を制圧しようとするのだ。
「現実」とか「社会」「正義」の名前を借りて危険視した主人公の自警団を組織ぐるみで全力で潰しにくる。ヤクザの手法と同じじゃん。
暴力には暴力を。
僕は『アメリカンサイコ』や『ファイトクラブ』を連想したが終盤のシーンを観てこう思った。これ、完全に香港ノワールとか日本ヤクザ映画のクライマックスと同じやんけ。
つまりなんだか色々小難しい事を並べ立てても、要は血がドバドバ、鈍器でボコボコ、哲学的思想や古臭い中産階級的な日常に「F」ワードで応酬し(この映画、差別表現が酷い。しかも分かってやっている)、世界のあらゆるものに問答無用で中指をおっ立てる映画を撮っているのだ。なぜか。登場するキャラは社会不適合者ばかりなので安易な一般論を振りかざすと、映画そのものが卑小なものに堕してしまうからだ。

冒頭、防弾チョッキを着たアーロンにクロエが正面と背中から問答無用でドデカいマグナムをブッ放すシーンがある。
お前ら、今から始まるのはそういう映画だからな、肝に銘じておけよ! と宣言すると同時に、これは前作『キック・アス』のセルフリスペクトのみならず銃に撃たれたアーロンが「alive! alive!(生きてる! 生きてる!)」と叫ぶところから恐らくJ・ホエール監督版の『フランケンシュタイン(1931)』のオマージュにもなっているのだろう。
暴力フルスロットルで最速前進、知る人ぞ知るボンクラ映画のオマージュ満載。これが『ジャスエバ』なのだ。

ところでこの映画が凶悪なだけに終わらず、痛快なフィルムになっているのは現代的なUS、UKの暴力に対して、古典的なUS、UKの気質である「あらゆるものを笑いにしてしまう」という原点を守っているからではないだろうか。
これは上述した冒頭のシーンがよく表していると思う。

一方で「笑いにしてしまう」というのは大事な物を巧妙に隠すという作用を持つ。新聞の風刺漫画なんかがアンチ権力足り得るのは笑いが論点の肝心な部分を巧妙に隠しつつ、大衆が政府に攻撃出来る手段だからである。
この映画は前作同様、暴力シーンについては笑い出してしまうような高揚感湧きあがる演出方法で撮っている。
確かに現実の暴力は高揚感を生む。しかしそれ以外のものを隠す。『ジャスエバ』が次から次へと暴力シーンを連発するのは「真剣にならない」ようにする作用もあるからだ。これはあくまでもエンターテイメント映画であって、教養映画ではない。なにかを見出すか見出さないかは観客次第である。暴力と笑いで巧妙に隠しつつ各キャラへのアンサーを提出する。しかしそれは普通じゃない人間に対してのアンサーなので、一般論で説教したりしない。あくまでも暴力に対するキャラ自身の行動で示す。
もしキャラに一般論で説教でも始めたら、キック・アスもヒット・ガールも周囲の人間も確実に病人指定だ。
でも僕たちは映画を観てこう思ったはずである。彼らは傍から見れば病人だが、実はそうじゃない。何か他人に理解できない問題を抱えているだけだ。価値観が僕たちとは確実に違う。それだけだ。前作『キック・アス』もそういう映画だった。
だけれど所詮人間なのだから、行き着く先は皆同じなのかもしれない。
社会的によくない選択を続ければ破滅なのかもしれない。
しかしそういう保守的な古臭い中流階級な紋切り型の常識にこそ原作者のマーク・ミラーは中指をおっ立て、ケツを蹴りあげて(キック・アス)いるのではないのか? 彼はスパイダーマンやスーパーマン、世界最大のヒーロー、イエス・キリストに中指を立てる為に『キック・アス』を描いたのではなかったのか。そもそも特殊能力を持たない普通の人間がスーパーヒーローに本気でなろうとすれば、常軌を逸するし、血がドバドバ流れて当然だ。普通の人間が普通の人間に銃をブッ放し、鈍器で殴っているのだから。一般の人々とは違うと言っても、現実社会で人々を巧妙な話術で虜にし、教祖へとのし上がっていく勝ち組の方々とは違う、フォロワーがだれも発生しなさそうな負け組確定の連中のバイオレントな生き様にマーク・ミラーも監督のジェフもかなりの思い入れがあるんだと思う。

全編を覆い尽くす暴力に辟易した方も確実におられる筈である。暴力を賛美するのは間違っている
『ジャスエバ』で重要な役を演じたジム・キャリーは「この映画の暴力は酷過ぎるので宣伝については擁護できない」とツイート。それに対しヒット・ガール役のクロエが反論したというが、つまりこの映画はそういう事なのだと思う。
ジム・キャリーはこの映画の暴力に辟易した。しかしクロエはこの映画の暴力とその周囲をとりまくものになにかを見出し、共感したのだ。『キック・アス』でヒット・ガールはこう言う。「シルバー・エイジの時代は終わった」
かといってジム・キャリーは駄目かというとそうではなく、彼も根本的にはそういう人間なので(キャリーが元来喜劇俳優という点も大いに貢献しているのではないか。『トゥルーマン・ショー』は笑いの中に巧妙に一人の人間の生き方を隠していた)撮影はノリノリでアドリブもかましたそうである。キャリーは行き過ぎた暴力を擁護出来ないと言っただけで映画を否定していない。
その証拠にキャリーの演技はあまりにも凶悪だ。僕は途中まで敵を殴って嬉しそうに哄笑しているマスクの男、ストライプス大佐がキャリーだとは気付かなかった。

クロエが前作同様魅力的だが、それはクロエの魅力のみならずクロエ演じるヒット・ガールが『ジャスエバ』の代表格だからだ。今回ヒット・ガールも次々と現実の問題に直面する。女子高生。スクールカースト。父親。身近な人間が死ぬと言う事。しかしヒット・ガールはそれらに対し、全て圧倒的暴力で対応する。これが彼女の価値観なのだ。それは正しい場合もあるし、あまりよくない方向へ進む場合もある。でもその事について僕たちが安易に非難することは出来ない。これは映画なので、映画自身がきっちりと落とし前をつける。よく観ると各キャラに対し『キック・アス』なりの方法できっちりと落とし前がついている。そのあたりは本編を観て判断して欲しい。しかし女子高生とかスクールカーストに圧倒的暴力で対応と聞いた時点で笑えそうじゃないですか。そしてその通りなのだ。この面白さ、笑いは本編の大きな魅力なので是非、劇場で味わって欲しいです。


エンドロールのあと、ちょっとしたおまけのシーンが流れるので出来れば席を立たないほうがいいかもしれませんですよ。
そこに登場する人物の仕草が『ジャスエバ』の世界観をよく表していると思うからだ。求めても求めても渇望するものは得られない。
すぐ目の前にあるのに、ただ、ひりつくような渇きだけが増していく。そんなシーンをジェフ・ワドロウは「お笑い」として撮っている。

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