我が愛しき娘たちよ『魚の見る夢』
魚の見る夢 (1) (まんがタイムKRコミックス つぼみシリーズ)
- 作者: 小川麻衣子
- 出版社/メーカー: 芳文社
- 発売日: 2012/09/12
- メディア: コミック
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魚の見る夢 (2) (まんがタイムKRコミックス つぼみシリーズ)
- 作者: 小川麻衣子
- 出版社/メーカー: 芳文社
- 発売日: 2014/01/10
- メディア: コミック
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完結までの経緯が出版社の事情で色々あって、連載していた『つぼみ』休刊→『つぼみWebコミック』に移行するも閉鎖→コミックで完結という流れ。
それで『魚の見る夢』本体はどうなのかというとこれはすごい。
読み終えた第一印象が「全二巻でよくまとめたな」
『つぼみ』連載当初から読んでおられる方は知っていると思うんだけれど、この『魚の見る夢』というのは実姉妹百合なので(義理の姉妹とかそういうの一切なし)友人知人、外からのアプローチのみならず、家族もお話に絡んでくる。家族といっても母親は既に死んでいるのでカウントされないかというと、過去の亡霊、束縛としてキッチリお話に絡んでくる。
つまり、ほぼ無敵なキャラも絡んでくる訳。
登場人物全員もただものじゃない設定になっている。全員、己の目的の為なら愛する人が傷つこうが、自分の想いが成就されるのならそれで上等な人物ばっかり。
だからこのお話は好きなもの同士が擦れ違うっていうよりは、手を掴んだ相手をいかに自分の領域にひっぱっていこうかという「お前それ無垢とかそういう言葉で片付けられないから」っていう状況ばかり。
だけれども、この粘着気質もとれる物語が最後まできっちり話がつけられているのは全キャラクターに覚悟があるから。
ここだと思います。
全員、自分が相手を引っ張っている事、我がままにふるまっている事に強烈な自覚がある、残酷なキャラばかり。
自分の愛を貫き通す為なら、自分の愛する人を傷つけようが、永遠の中に閉じ込めてしまおうが、手段は選ばない。
これは物語の冒頭から一貫しています。
ただし自覚があるから「悪役」「嫌われ役」を引きうける事になんの躊躇もしない。
わたしの一瞬の幸せの為にあなた、犠牲になってね。でもわたしもいい子の振りなんか絶対にしないから。
『魚の見る夢』に登場する女の子たちが全員、自己中で残酷過ぎるのに、決して単なる嫌なやつに堕さないのはここです。
僕が百合をずっと追いかけていて常々思っていた事があるのですが「同性同士なんだから相手の気持ちが分かる」っていうのが百合の黎明期からのお約束事としてあった訳です。
紺野キタとか、ナヲコとかセンサーのいい百合作家はそのへんに敏感で突き崩しにかかっていたんだけれど『魚の見る夢』の小川麻衣子も例外ではなくてそのへんを崩すことにちょっと執念みたいなのがあったのかどうかは知らないけど『魚の見る夢』単体としての課題としてはあった。序盤では主人公の巴がアタックしてくる実妹の御影にどう対処していいのか分からなくなって困惑するシーンがちょこちょこある。
ところが二巻から「理解不可能な存在」として九条という娘がめきめきと頭角を現してくる。
読み終わった後に「この娘は強烈だなあ」とドン引きするくらい強烈な存在感のある娘なんだけれど、本当に印象に残る。
そうそう、一巻って割かし閉鎖的な百合なんだけれど、二巻に入ってからは出口に向かって走り出すので、各キャラの性格が露骨に出ます。一番芯の強そうな姉の巴が実は一番精神年齢が低かったり、一巻では母親の亡霊と父親から巴に守って貰っていたような妹の御影が実は一番吹っ切れていたりとか。
なんていうのか、可愛い女の子の百合だと思っていたら、実は全裸で剃刀もって決闘してた、そんな感じ。
二巻は常にヒリヒリしっぱなし。
九条が特に強烈で、底の見えなさがある。
捨て台詞を残していくときも、意図的に顔が見えないとか。徹底的に巴を痛めつけてもどこか手加減しているとか。
なにを考えているのかよく分からない。
ただしちゃんと読めば「ああ〜九条には九条のルールがあるんだろうなあ」っていうのはしっかりとこちらが認識出来る。
ちょいネタバレになりますが九条の「「私も」傷ついたわ」という非情に暴力的な科白がそれを証明している。
その前にこの娘はレンチで殴るようなえげつない告白をするんだけれども、正直ドン引きですわ。
一巻冒頭で御影が巴に首輪をつけたりとか、エロゲーみたいな真似してこっちも引くんですけれど、九条はもっと酷いですよ。
これは全員に言えることなんですけど。でも経緯はきちんと過去の挿話まで入れて説明してある。
九条さんと同じ教室で隣の席で、巴と友達になんかなったらどうなるんでしょうね。
机の上に鉛筆立てて「これからこの鉛筆を消してみせるわ」とか言われたらたまらんですよ。
露悪的に振る舞う、というのは嫌われても構わない、が大前提として存在する。
嫌われてさえ自分の想いを伝えることが『魚の見る夢』の少女達の第一条件なのだ。
巷で大量に消費されていく、うすっぺらい正義と、彼女達の態度のどちらに誠実さと説得力があるだろうか。
それゆえにこの物語は常に逼迫し、ひりつくような痛みを伴うのである。
複数が絡む恋愛には全員にめでたし、めででたしでした、は適応されないのだ。
感情だけで行われる恋愛の場合、その時点で倫理の問題では扱いきれなくなる。
「〜であるべき」なんてことを呑気にやっていたら誰かに取られてしまうかもしれない。どこかへいってしまうかもしれない。
知らない間に世界が終わりを迎えていて、気付いた時には本当にひとりぼっちになっているかもしれない。
そうなった時に「〜であるべきを死守して本当によかった」と思えるだろうか。
それとも「あそこまでしておいたのだから悔いはない」となるだろうか。
一途な恋愛は全てを駆逐する。思春期ならなおさらだ。
つまるところ『魚の見る夢』とはそういう話なのだ。
そして恐らく、九条がこれほどまでにインパクトに残るのはそういった『魚の見る夢』のキャラクター全員の意志を体現しているようなキャラだからだと思う。
冒頭に述べた印象が「全二巻でよくまとめたな」なんだけれど、二巻で物語が急に脈動をはじめる。こんな第一宇宙速度でストーリーを進めたら空中分解しかねないんだけど、しない。そういうストーリーの芯の太さがある。
その回答としてラストシーンを迎えてはじめて分かるのが、一巻のカラー挿絵と二巻のラストシーンが繋がっているということ。
つまり、ここから推測可能なのは小川麻衣子には描きはじめた時点である程度ラストまでのビジョンが完成していたのではないか。それなら二巻の加速度も十分に理解できる。
それにしても破格級の登場人物といい、ある程度複雑な人間関係といい、過去との決別といい、これらを二巻にまとめて描写に過不足がなく、かといってだらだら説明だけの科白が続くのでもなく、かといってページ数が普通のコミックスの平均ページ数とほぼ同じと言う事を鑑みると、やはり百合漫画としてではなく、漫画としても並みのレベルではない。
実姉妹恋愛ですよ? 親との確執もちゃんとあるんですよ? これが物語の世界を一周して収まるべきところに収まる。
キャラクターのヒリヒリしたやりとりも、物語の絡みも、これは小川麻衣子の画力とタッチに左右されている部分が大きいので、この漫画がこのレベルまで達成できているのは小川麻衣子が1P目を描きはじめた時点である程度約束されている。世界が完成している。
そう聞くと大げさに聞えるかもしれませんが、実際そうだからなんどもすごいすごいと馬鹿のように繰り返している訳です。
あ〜このひとは『ひとりぼっちの地球侵略』のひとだったのか。こっちはまだ読んでないわ。読みます。
- 作者: 紺野キタ
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