嫌われてますよ、白梅さん。

ベン・トー」だ。放送終了後もこのアニメを思いだすことがあって放送当時はかなり入れ込んでいたことが自覚できるんだけど、半額弁当争奪とは切実であり祭りでもあると毎週視聴するごとに僕は痛感した。
ベントはこの感覚がよく再現されていた。僕も金がないのでリアルの半額弁当争奪戦に参加したから身をもって知っているつもりだ。
狼たちは敵だけど、基本は同じ連中だ。みんな自分で半額の時間を調べ、示し合わせてもいないのに勝手に集まる。似たような面子だから顔も自然と覚える。だけど絶対に話しかけない。
ディスコミュニケーションだけど、店によってコミュニティが完成している。
ソバ屋で同じ時間帯に行くと同じ面子と顔を合わせるけれど、話しかけないのと同じだ。
押井守が「紅い眼鏡」で故天知茂の口を借りて語った「ディスコミュニケーションを求める若者が深夜集う不穏な空間」とベントの争奪戦はほぼ同義だ。

これが商店街になると違う。こちらはコミュニケーションをとろうと話しかけてくる。
けれどスーパーマーケットに足を運ぶ独身者、独り暮らしは言葉を交わさない。
でも見知った顔を見つけると嬉しい。逆に声を掛けると慣れ合いになるから駄目だ。
関係が終わるのが怖いとかそういう意味じゃない。視線を交わすだけで満足だ。それだけでコミュニケートはとれている。
半額弁当を触媒に、仲間意識が生まれている。

そういう一切合財を殴り合いというエンタメに変換しているのは秀逸だ。文字にしたり説明したりすると、現代社会性が、とか最近の若者は、とか狭窄物が生じて説教臭くなって退屈になる。
それの反駁として主人公が所属しているHP同好会がコミュニケーションを具現化したものとして存在する。HP同好会も恐らく言葉にすると陳腐になるだろう。
主人公が饒舌なのも暴力の中に諧謔を生んでいいクッションになっている。彼によって語られる登場人物たちはみな彼のフィルターを通して滑稽に語られる。いじめを受けている(あるいはいた)と思しき白粉ですら悲哀は薄い。
キャラクターたちはどれも義理堅く主人公視線の韜晦によって視聴者に愛されていた。

ただ、白梅は別格だ。僕は白梅が好きなのだが、ネットでの評価は軒並み悪い。
曰く、理不尽な暴力が嫌いだというのが大方の理由であるらしい。僕はその理不尽な暴力が好きだ。原作では白梅が移行手続きをとって暴力に至る描写もあったのだが、アニメではそのプロセスは綺麗に省略されて主人公の言動に苛立ちを覚えた時点で彼女は拳を振るっていた。その問答無用感が堪らなかったのだが、一般においては余計に彼女に対する嫌悪感を増すだけに終わったようだ。

だけど彼女が嫌われる本当の理由は恐らく不当な暴力によるものではない。
彼女だけがコミュニケートを周囲ととっていなかったことによる。
彼女の意識は常に白粉と可愛い女子に向けらていた。皆が半額弁当を目指しているなかで彼女だけが白粉と女子だった。
登場人物たちが半額弁当の為に意味もなく拳を振るう中、白梅だけが白粉の為に理不尽に暴力を振るう。
あいつは仲間じゃない、あいつだけが異端者だ。

白梅さんも半額弁当争奪戦に参加していれば、仲間になれば、あれほど嫌われることはなかった筈だ。

その証明的存在が「ゆるゆり」の吉川ちなつだ。
白梅とは程度の差こそあれ、ちなつも理不尽に暴力を振るう存在である。
白梅が白粉しか目に入らないように、ちなつの目には結衣しか映っていない。
白粉が白粉に接近する主人公を排除するように、ちなつは結衣に接近する京子を排除しようとする。
ちなつは結衣と親しくなる為になら手段を選ばない。
練習台としてあかりをキスレイプし、アッカリーンのコーナーまで奪う。無意識に暴力的な絵を披露し、周囲を恐怖に叩きこむ。

京子に対しては意識的にとことん暴力を振るい、11話に至っては幼少期から発揮していた自己中振りが白日の元に晒される。
しかしちなつの悪口は聞かない。
ちなつはごらく部に所属している。人間関係に軋轢があるとはいえ、目指している方向は最終的に一致している。仲間だ。
共同体という言葉を使うと幻想共同体とか日本の共同体とか責任感が薄い意味合いになってしまうので仲間と範囲を狭める。
ちなつはごらく部だからこそ、嫌われず、むしろ愛されたといえる。

けいおん!」でデスデビルがさわちゃんだったと知った時、僕らが覚えた親近感はなんだったか。
みなみけ」で気持ち悪いだけの保坂を速水先輩がコントロールしている姿に安堵感を覚えたのはなにか。
WORKING!!」」の伊波に至っては白梅と遜色がない。相馬は伊波と会話するときは携帯電話越しだし、佐藤は露骨に避けている。多分それが正しい。八千代も同様で白藤に近づく者は理由を必要とせず斬ろうとする。しかし彼女達がワグナリアという店の店員、仕事仲間であるというアピールが示された瞬間に覚える萌えはなにか。

もし「ベン・トー」が半額弁当を争奪するのが目的ではなく、女の子達を守る格闘百合物語であったなら、
視聴者間における白梅のポジションは追従を許さないものになっていたと想像すると彼女が不憫でならない。