地方都市の腐女子からクールジャパン萌えキャラへの変身

  • 宇宙から地方都市にやってきた腐女子

這いよれ!ニャル子さん」がテレビアニメ化されると聞いた時、僕は焦った。
ラヴクラフトクトゥルー神話の一部として既に原作の一巻を読み終えていたからだ。
一巻から受けた印象はとにかく泥臭いオタク向けのラノベ、だった。
文体は支倉凍砂とか竹宮ゆゆこみたいにスタイリッシュじゃ全然なくて平坦で簡素。
ヒロインのニャル子はオタクという設定だけど、それを裏付けるように説明科白がすごく理屈っぽくてオタク臭い。
アクションシーンも際立って格好いいわけじゃない。
地の文章部分で行われるラヴクラフトの説明に至っては、くどくて仄かにオタクのルサンチンマンさえ感じる。
一寸80年代の臭いもする。
一体どうなるんだ?他人事だけど、どこか割りきれなかった。

  • クールジャパンへの変身

ところが春が終わって夏を迎える頃、ニャル子は春のハケンアニメの一角を担っていた。
地方都市の腐女子みたいだったニャル子は化粧と人格改造を施していた。90年代以降もてはやされたクールジャパンの集大成みたいな存在になっていた。それも納得できる。彼女が施した化粧はゼロ年代アニメの化粧だ。

  • さあ、遠慮せず本能の赴くままに突っ込んで下さい、真尋さん。

パロディがゼロ年代だ。80年代90年代のパロディといえば、制作者が通なファンしか知らないようなネタを隠すように仕込んで、発見した者同士が内輪で笑いを催すだけのものだった。
反対にアニメのニャル子のパロディは、誰にでも分かるネタを規制が許す限り忠実に再現することに腐心していた。

誰でも知っているネタを限りなく忠実に再現する。視聴者は苦労して探す必要はない。むしろ視聴者のツッコミを待っている。
モノマネ芸人が「○○のものまねをします」と宣言してから芸を披露するようにニャル子のパロディはパロディが画面に登場した時点でネタが判明した。
クトゥルーのパロディだったら「インスマウス顔を意識しているひとを見掛けたらそのひともインスマウス人の可能性が大なので気をつけて下さい、真尋さん」みたいなクトゥルーネタを知らないとついていけないようなネタにするべきなのに、ニャル子はそうしなかった。客を選ぶ真似を用心深く避けた。

丁度、「けいおん!」が軽音部の話であるなら細かい音楽論や演奏シーンをしなければいけないところを避けて、細部描写はもっぱらギターやドラム、ベースやシンセ、あるいは電化製品や日用雑貨の映像化といったみんなが知っている部分に集中させたように、ニャル子もパロディは分かり易いオールドゲームやアニメ、特撮映画ネタ、実際に存在する地形に集中させた。
上記したように、細かく丁寧に描写した。
これによってネタ探しを至上とする掲示板や、教養主義を第一としているアニメブロガー、聖地巡礼を報告するファンサイトに自然な形で話題を提供した。嫌みなく、平等に。
 

  • わたし地球の少女漫画も大好きなんですよ真尋さん。

キャラも泥臭くなくなっていた。盛んに真尋への劣情を訴える彼女たちはゼロ年代以降、男性オタの間に急速に広まった種村有菜羽海野チカ藤原ヒロに代表される少女漫画の要素を含んでいた。
少女漫画自体がその歴史から宿命的に抱えている命題「ありのままの君でいいんだよ」「君の心に素直になって」をボンクラな形で体現していた。
ビジュアル的にも少女漫画キャラの影響を受けたニャル子はJK、JCの女の子っぽくて、明るい。
なにより屈託がないニャル子からはあの理屈っぽく喋る部分が消去されていた。

アクションシーンも冴えていた。ゼロ年代形式の曖昧な表現技術を駆使することで緊迫感が生まれ、かといって激し過ぎることもないのでギャグと程良い調和を遂げていた。ニッチなアクションアニメになってしまうことなく、常にとっつきやすいパロディアニメであり続けた。

真尋の救出劇という展開も萌えアニメアンチが発する批評の代表格である「萌えを楽しむだけ」をクリアしていた。
原作では丸々一巻を費やしたノーデンスの誘拐事件も無駄な説明を綺麗に省いて活劇に特化させ二話程度で済ませた。
ラヴクラフトクトゥルー神話の説明なんてマニアックなものをだらだらと垂れ流すことはなかった。爽快だった。

  • そんなに見つめられると胸キュンしちゃいますー。

なんだかニャル子はクールな女の子になっていた。可愛いし笑えるし、カッコいい。しかも常に笑顔で誰にでも気安く話しかけるのでとっつきやすい。

僕が最初に会ったニャル子は地方都市のうす暗いアニメイトで「あざとい!あざとい!」と連呼しながらも特典欲しさに円盤を予約しているような垢抜けない腐女子だった。
今の可愛いあけすけなニャル子はみんなに愛されている。それはそれでいい。
でも僕は、アニメイトの同人誌コーナーで好きなアニメの内容を理屈っぽい口調で饒舌に語っていた彼女にもう一度会いたい。