作品の神は細部に宿る。圧倒的情報量の統合『TARITARI』

アニメ考察感想

『咲ーsakiー阿知賀』というが大作エンタメが終了して気が抜けきった時に夏アニメが開始された。
百合クラスタの僕はめぼしいものはゆるゆり♪♪」くらいかなあとか寂寂としていた。
夏アニメが開始されて、HDDに録画したものから作品を選んでどれを続けてみるかなと選別していた時「TARITARI」と遭遇した。
なんだこれは、と思った。なんか凄いことが起きている。これって凄い大作エンタメじゃないか。

とにかく、あらゆる面でエンタメ志向なこの作品は、ネットでも圧倒的な支持を得た。その賛辞の殆どが気持ちいい、可愛い、エロい、ニヤニヤ出来るといった生理的なものであるのも特徴だ。
それも道理でこの作品はとにかく観てて気持ちいいを第一に追求していたからだ。
この作品は視聴者のことを考え抜いた末に、作品の質を上げるなら演出上避けるべき手法をわざと優先させ、結果、逆に質が多少下がろうとも視聴者が気持ちよく観れることを大前提に作品を制作している。その反面、視聴者をストレスフリー状態にしてからの制作側の攻撃が異常だ。

以下、長文が続くが、全てが「TARITARI」という作品の情報による。それだけ包括している情報量が多い作品だ。

これは舞台の俯瞰画像や背景をロングショットで写したりして状況を観客に理解させる方法だ。さらに分かりにくい場合は登場人物にセリフで説明させる。
「TARITARI」はとにかく登場人物が多く、基本の舞台は学校ではあるが江の島全体を舞台として使用する。また過去のシーンも非常に多い。そこで登場人物はセリフで徹底的に状況やキャラクター、時間設定を説明する。
キャラの後ろ姿を見掛けた時でさえ、小さな声で名前を独語させて背中を見せているキャラが誰か示唆させてしまう。
状況が過去のシーンであるなら、そのキャラがどういう年齢なのか具体的に説明する。
場所を説明するのでも、とにかく視聴者の意識に定着するまでセリフで明示させる。
第一話で学校をいちいち案内するシーンが最たるものだ。本来のアニメであれば場所を使用する必要が出てきた時にだけ「体育館でバドミントンで勝負だ」とか言わせればいいのに前もって念入りに説明する。
これが登場人物が多く状況設定も多様な「TARITARI」の鑑賞をスムーズにしている。観ていてストレスを感じないのはここだ。
話数が進めばキャラや舞台も定着するので減る可能性もあるがそれは作品をブラッシュアップしていく工程に他ならない。
無駄が減っていく。

  • 時間軸を一直線にする。

「TARITARI」は基本的に時間軸が一直線だ。過去のシーンも存在するけどエスタブリッシュメントによって説明してしまう。
後は本当に一直線だ。
これは日本のエンタメの代名詞であるラノベが多用する技法と全く同じ手法だ。
なんらかの受賞を受けたラノベを読めば直ぐに分かる。とにかく時間軸が真っ直ぐになっている。入り組むことはない。
斜め読みに読んでも読者の混乱を招くことがないように配慮している。稀に「ブギーポップ」のような時間軸が入り乱れた作品があるけどブギーポップ」が大賞足り得たのは時間軸の乱れがありながらも分かり易かった点にある。
映画「スラムドッグミリオネア」でも原作ではミステリ色を濃くする為に時間軸が入り乱れていたが、映画では一直線になっている。
ストレスを感じない理由の二番目だ。

  • エモーショナルなシーンは視聴者に必ず追体験させる。

和奏の過去がいい例だ。和奏のまひるを想い出す過去場面は絶対に口語で語られない。過去のシーンに戻る。また二話冒頭の演奏会での来夏の体験も映像を通して彼女の辛酸を追体験させる。頻繁に登場する紗羽の乗馬シーンも爽快さを与えるという点で同様だ。
智子先生の赤ちゃんも和奏に実際に抱かせているシーンを視聴者に見せる。あんなシーン、カットしてもいいくらいだけど、追体験させることで赤ちゃんに対する和奏の感情を視聴者にダイレクトに感じさせる。恐らくまひると和奏のイメージに繋がっていくはずだけど、イメージはイメージの項目で触れる
太智のバドミントンの試合の応援もはっきり言っていらない。
フェスティバルのコンドルクイーンズの演奏や和奏たちのショボイダンスも前半の見せ場として使用する。
とにかく共感して欲しいシーンに手は抜かない。実際に目の前でキャラに演じさせ視聴者にもその場に居合わせたように体験させる。

  • 派手なBGMは避ける。

合唱がメインだからではなく、セリフが耳に入り易いように穏やかなBGMを使用する。エスタブリッシュメントの効果を高めると共に、しつこい印象を残さない。逆に楽しい場面は合唱で実際に歌ってみせる。ミュージカルと同じだ。
哀しいシーンはなるべく音楽を避け、映像で示す。観る楽しさを最優先にしている。

  • 動きを統一する。

キャラの動きを統一させる。合唱シーンならなるべく全員が映っているショットを選ぶ。太智のバドミントンの応援でも合唱部の動きはシンクロしている。三話のバドミントン部との試合は最たるもので、どうして三人が並んで打つのかよく分からないがとにかく気持ちのいいシンクロシーンを見せる為に三人並ぶ。
結束力を表現するとともに、視聴者にも結束を促し、同一感を与える。「フェステイバル」も同様だ。
六話のEDが終わった時点で合唱部が全員揃って叫ぶシーンが僅かだけあるが、これが決定的だろう。

  • キャラを男女で区別する。

「TARITARI」は萌えアニメの手法も存分に使う。男性はとにかく中性として扱う。来夏の弟に異常に人気が集まった原因がこれだ。とにかく萌えアニメの手法によって男性的なものは排除する。ここで僕は、アニメを利用してフェミニズムやオタクの女性観といった自分の意見を訴える為ならなんでも踏み石にする人と議論するつもりはない。多分、その人はアニメが好きではなく、意見を主張する自分が好きなのだからアニメを利用する暇があったらマスメディアが用意した啓発本でも探してそっちを利用して欲しい。僕はアニメというフィクションの話をしている
とにかく萌えキャラを使う。「TARITARI」のキャラテイストはエロかわいいという表現が一番当て嵌まる。
これも狙っている。来夏のロリっぽいのも、紗羽の巨乳も、妊婦の智子先生までエロかわいく描写する。なにはともあれインパクトととっつきやすさは抜群だ。メインキャラだけでも十人以上が登場し、激しく流動するなかにおいてこれは非常に有効な手段だ。時代性を逆手にとったしたたかささえ感じる。
また合唱部が集まるシーンでは男は男性陣、女は女性陣となるべく固まる
そういう配置になっている。意図的かあるいはコンテか作画の時点で自然となったのかは不明だけど、萌えアニメの男女分けは一部の視聴者が抱きやすい不快感を周到に避けている。エロい、可愛いニヤニヤ出来ると感じるのはこの部分だ。

「TARITARI」は細部の魂ともいえる箇所をとりあげるとキリがないので、一番のキモを最後として今回分の考察を終える。

  • 画面をイメージごとに統一する。

まひるの死ぬ直前のシーンと、死亡した後のシーンは雨が降っており画面全体が暗い。受験を終えて帰って来た和奏が泣くシーンも暗い。母親を思い出すシーンでも画面が暗い。
また、まひるの思い出の品を生前のシーンと没後のシーンで交互に登場させ、その過去と現在の差異を明らかにする。
まひるとピアノを一緒に弾きながら歌う和奏と、まひるのピアノを処分した部屋で泣く和奏。
まひるのイルカのアクセサリーは過去と現在のシーンを纏めてしまう。
まひると教頭のスタンスも現在と過去に分けて統一する。時に二つは融合するが、それはまひるのイメージを醸造する。
結局教頭と校長も生前のまひるを知る人物とすれば、イルカのアクセサリーと変わりはない。来夏の母親の志保も同様だ。
コンドルクイーンズも来夏と和奏、まひる、音楽の統一に役立っている。
和奏が病気であれば父親はまひるの病気を思い出す。
すべてがまひるのイメージに繋がっていく。
一話で来夏が教頭に合唱部を止めると発言した時点からまひるへのイメージ統一がはじまっている

視聴者がそれを自覚した瞬間、集束感が快感となる。各サイトで絶賛されているエモーショナルな部分はこのイメージの統一による部分が大きい。
まひるという音楽を楽しむ存在が概念として物語のイメージ構造の中心になっている。
丁度冒頭で大作エンタメとして挙げた「咲」「阿知賀」の中心構造が「麻雀って楽しいよね」になっているように。

だから「TARITARI」の劇中に頻りに光源が目立つのは最終回へ向けての希望なのかもしれない。

とにかく「TARITARI」はイメージの統一が半端じゃなく巨大だ。それは学校の生徒や和奏の食事といった細部にまで及んでいる。パラノイアックに施されたこの構造は多分、最終回まで続いて行く

現時点で七話だ。異常な情報量の多さにぞっとするが、これでも掻い摘んだだけだ。それらを上記の手法を存分に用いることでストレスフリーで楽しめるようになっている。
今後、ニコ動でも再上映があるだろうし、CSでもリピートがかかるはずだ。というか円盤を買ってもいい。
監督を務める橋本昌和の画面をコントロールする繊細さは『スクラップド・プリンセス』の演出や『花咲くいろは』でも垣間見えていたが(どちらも観ていて気持ちのいい画面だった)頭角を現した感がいなめない。
オリジナルアニメは制限のある原付モノと違って企画当初から構成のコントロールが御しやすい。
かなりの傑作であるにも関わらず『ココロコネクト』が「TARITARI」に届かないのはここに要因があるようにも思える。
文句なく続きが楽しみなアニメだ。

ベストセラー小説の書き方 (朝日文庫)

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