ヨルムン幻想。逆セカイ系キャラ。ココ・ヘクマティアル

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ヨルムンガンド 1 (サンデーGXコミックス)

ヨルムンガンド 1 (サンデーGXコミックス)

ヨルムンガンド』の主人公ココ・ヘクマティアル私見では逆セカイ系キャラだ。
セカイ系という観点でココ・ヘクマティアルに焦点をあてることはヨルムンの世界を解釈するのにとても役に立つ
ここではココ・ヘクマティアルとその周辺の人間についてセカイ系キャラの観点からのみ書いている。


高橋慶太郎はインタビューでココの造形について、

「元々、正義が主人公の作品より、悪漢が活躍する作品が好きです。武器商人を描くにあたって、男を主人公にすると、本当にただの悪い人になってしまいますよね。そこで華がある女性で考えました。そうすると、女の子ひとりで戦場を歩くわけにもいかないから、必然的に護衛が必要になってくる。そこにカリスマ性が備わり、海運王の父がいるという後ろ盾や武器を売る商才を持つという設定になりました。そうでなければ話が成立しないという必然から生み出されたんです」

と応えている。

ヨルムンのキャラはこうした単純なキャラ造詣の動機に基づいている。だけど高橋慶太郎の慧眼は僕たちの住む現代世界そのものをキャラクターとして描くことになった。

アニメ版が原作に従うと想定してネタバレは避けたつもりだ。
内容について触れているのは一期のみ。二期のキャラは名前だけに留めた。

  • 軍事産業HCLIに従事するココ・ヘクマティアル

戦争とは経済流通、最新テクノロジーの流動度数が高いイベントだ。そこにはありとあらゆる金の流れが集中する。
兵士による薬剤、食料、武器の消費。兵士自体の消費と補填。経済援助、経済制裁、企業による資金の流動。巨額の金が戦場では動く。
テクノロジーも然り。ミサイル一個とってもそれは猛烈に圧縮された最新技術の集合体だ。
HCLI社の兵器運搬部門を担当するココは莫大な金とテクノロジーを一括して扱う。現代社会を先鋭化させたキャラだ。
ココは武器商人だが「目標は世界平和」と大言をうたうに相応しい。
高橋慶太郎は適切な職業をココに選ばせたと言える。
最新テクノロジー世界をさらに先鋭化させたキャラとして天田南が挙げられる。
南とココの相性がいいのにはきちんとした理由がある。二人はとても似ているからだ。

セカイ系であるココはHCLIにおいてヨーロッパ、アフリカを担当する。
アールルツはココを「アフリカのどの国でも日常会話が可能」「ヨーロッパの全ての言葉を話せる」と評する。

なぜ主人公ココが担当するのがヨーロッパとアフリカなのか。なぜヨーロッパとアフリカが重要視されるのか。

ヨルムンは2006年に連載を開始した。
以下はウィキペディアによる2007年と2006年の軍事産業収益ランキング一覧表だ。キリがないので上位16位だけを引用した。
赤枠で囲んでいる部分だけ参照していい。要はどの国の企業がトップシェアを制しているかだ。
全てといってもいいくらいアメリカ、ヨーロッパ諸国に傾いている。

またイスラエルカザフスタンといった紛争が頻繁に起きているアジア地域もヨーロッパとして分類されることがある。

アフリカは独立国が54個集中している国だ。さらに多くの国が治安と政治情勢が悪い。15国が独裁と民主が入り乱れ、28国が独裁体制下にある。そのうちのいくつかは埋蔵石油を保有しており経済成長の可能性がある。
さらにアフリカの小国を出来る限り掌握しておけば政治的に有利になる。国際票を集める際、政治的に友好的な関係を築いておけば沢山の票が得られる
こうした理由からアフリカの紛争には経済的援助にしろ、制裁にしろ、紛争鎮圧にしろ、大国の企業、政府が多く介入している。
これはウェポン・ディーラーにとっては格好の商売場所だ。

アフリカとは、ヨーロッパで仕入れた(横流しされた)武器を売り捌くのに非常に適した戦場だ。
ヨルムンガンド計画のために大量の資金が欲しいココに相応しい担当区域だ。

そんなココに、金の動きに敏感な世界を先鋭化させたスケアクロウが纏わりつくのは当然のことだ。

  • 9.11以後を体現しているココ・ヘクマティアル

平時が非常時な9.11については「ヨルムン妄想」で触れた。
大雑把なひとは平時が非常時な世界ではなにが起きても高揚しない、と評したが、それは違う。
平時に戦争の高揚感が忍び寄り、非常時になる。
そういう意味だと僕は思う。
つまり平時のなかにおいて、いつ非常時になってもおかしくない、という意味だ。
それはココがオリン峠でハインドに奇襲された折りに笑顔を浮かべ、兵士に気味悪がれらたりする描写で明らかだ。僕はこの時にココが高揚感を感じていると思う。
この他に平時に非常時を持ち込む描写は山ほどある。街の中華料理屋の前に米軍ヘリを横付け。白昼のドバイで銃撃戦。最盛期のオーケストラをココはこう語る。「フランスで警官隊を相手に二万発撃った」

ちなみにチナツは非常時が常に維持されている、いわばズレが生じているキャラだ。あらゆるキャラがココに迎合するがチナツだけはココに迎合しない。

チナツをさらに推し進め、戦争のために常にズレてしまっている人間を先鋭化させたキャラとしてヘックスがいる。
ヨルムンではPMCはあまり肯定的に描かれていない。
PMCに関する本を読んでみてもPMCには「いい人間」は存在するが「まともな人間」は所属していない。やはりどこかズレている。
ヘックスはその先鋭化だ。ココはヘックスを嫌っていることを隠そうともしない。

  • ヨナ君好き好きココ・ヘクマティアル

ヨナとは少年兵という悲惨な世界を先鋭化させたキャラだ。
アフリカの少年兵を扱った映画「ジョニー・マッド・ドッグ」にしろ、ベトナム時代の「ランボー」だってラストでランボーが大佐に泣きながら訴えるセリフのなかに「子供が持ってきた箱をあけたら爆発した」という悲劇がある。
9.11以後世界の近未来を描いた故伊藤計劃の「虐殺器官」では少年少女兵を虐殺するシーンが目立つ。
銃をもった年端もいかない少年が言葉の意味も知らず「ファック」を連呼し銃で大人を脅し、犯して頭をぶち抜くというのは過酷な描写だ。
大人の代わりに子供がするだけで、戦争というものがいかにグロテスクな行為かよく分かる。
銃を持った無邪気な子供は大人よりも残酷になれる。
少年兵は近代戦争の犠牲者のシンボル足りえている。
そして大人が、そんな子供を殺すこと自体も。

そこには知識が存在しない。見本となるべき相応しい大人がいない。
ココは信頼できる仲間に分担させてヨナに"ステキ人間"になるよう授業を施す
どこにでも連れて行き、多種多様な人間と世界を実地で見せる。
愛情を与える為にふんだんにスキンシップを施す。負の連鎖は出来る範囲で食い止めないといけない

ココの担当するアフリカでは教育が十分に行き届いておらず就学率も悪い。エイズの問題も深刻だ。
アフリカでは多くの少年兵が反政府軍の大人にたぶらかされて政府軍と交戦している。親に、子供の為にとお金を渡せば全部自分の為に使ってしまう。

ヨーロッパ文化では子供を可愛がることが規範されていない
イギリスなどでソーシャルワーカーが取りざたされるのは、最近になって整備されたからだ。

ヨナを私兵とするココにはヨナをきちんと育てる義務がある。

連載が終了したガンスリンガー・ガール」でも授業を受けるシーンが頻繁に挿入されていた。
また大人たちは少女たちにしきりと趣味を持ち、知識をつけるように促している。

ヨナが銃を嫌うのは作品自体のシンボルと化している。
彼の眼が虚ろなのは人殺しの目だからだ。この部分はチナツと同じくする。ココはヨナを第二のチナツにしたくはない。
ココはチナツを仲間として誘致しようとするが失敗した。
自分を悪と自覚するココが、ヨナを執拗に可愛がるのにはショタ設定以外にもここにポイントがあると僕は思う。
きっとチナツが仲間になれば彼女はヨナ同様、ココに可愛がられた筈だ。
子供は親に見守られて育つ。チナツがオーケストラの無茶苦茶な「師匠」に愛情面でも思想面でも懐いていたのは親の代わりにしていたからだ。
オーケストラの「師匠」を失ったチナツをココは仲間に引き入れようとする。

だから闘争のみの世界を描きたいのなら知識がなければいい。「ブラック・ラグーン」のレヴィがいい例だ。
ブラクラ」ではロックやダッチがレヴィの理性と知識を受け持つ。

  • 情強ココ・ヘクマティアル

ヨルムンは情報がメインの世界だ。僕たちの住んでいる世界は文明社会である以上、情報社会であることを避けられない。
ネットがそうであるように、街や国というものは住んでいる人間が快適に暮らせるよう、脳味噌が考え得る限りの快適さを追求して作られている。情報化に邪魔な自然があれば削り、整備さえしてしまう。陸海空全てにそれは言える。
政府や社会に不満を覚えたりするのは快適に暮らせないからだ。社会が脳の望むとおりに最適化されていない。
一部の人間が住みやすいように、最適化されている。例えば、情報を書き変えたり、目隠ししたり。だから弱者もネットの中だけでもと体制側が発信した情報にマスキングをかけたり、編集したりする。

虚実入り乱れた情報を自在に扱うキャラとして設定されているココは現代社会の先鋭化だ。
他愛のない仲間内のココ伝説ジョークから戦況の先を読む先見の明まで。
ココと同じ武器商人を描いた映画「ロード・オブ・ウォー」では様々な虚実が入り乱れている。
アフリカの道路に飛行機を停止させれば一晩で消えてなくなる。アメリカの街中に武器庫がある。船の名前を数分で架空名義に書き変えて認証さえ通ればCIAからも逃れられる。どれもが本当なのか、フィクション特有の嘘なのか区別がつかない。

そういった情報を先鋭化させたキャラがCIAのブックマンといえる。
ブックマンもココ伝説と同じく、情報量の多さ故に曖昧な点が目立つ。
あだ名の多さがそれを示している。ブックマン自体が情報の虚実入り乱れた存在として描かれている。
将来ブックマンはある選択をココから受ける。それはとてもココらしい選択といえる。

情報で動く軍事産業キャラにアマーリア・トロホブスキーが居る。
ココの好敵手として描かれる彼女は虚実入り乱れた商戦の先鋭化だ。元女優という設定は「虚構を演じる」という項目において
重要な役目を果たす。
やはり彼女もココと良く似ている。そして彼女はココに惹かれている。

また後半ではNSA、アメリカ国家安全保障局という諜報機関が登場する。公式ではこの組織の役目は海外情報通信の収集と分析だ。
別にCIAでもいいと思うのだが、わざわざ不明な点が多いNSAが選ばれているのにはこの諜報機関が情報をメインに扱っているからだ。またトージョ編ではSR班の亡霊が動く。SR班は秘密情報部隊だ。

兄のキャスパーはココよりも情報に優れている。またヨナを甘くみない彼は恐怖でヨナをコントロールする術に長けている。
子供を恐怖でコントロールする彼は、戦争という忌まわしい存在の先鋭化だ。キャスパーは武器を売るために戦争の継続を望む。ココがそんなキャスパーを苦手とし、嫌う理由はここだ。
もしかしてまだ登場しないココの父親はキャスパーをさらに先鋭化させたキャラなのかもしれない。

9.11以後の戦争で特徴的なのは情報の虚実が入り乱れた点だ。
ブッシュの妄言による侵攻から、アルカイダビンラディンの関係、紛争地域の情報の錯綜。

ヨルムンではネットの世界があまり描写されない。キャラが情報世界を体現しているからだ。
虚実ないまぜの陰謀論で世界を判断するブックマンは、半端なネトウヨやネトサヨ、デマッターの権化だといえる。

ココは紋切り型で使い古された言葉を使用しない。曖昧な言葉を使用しない。
自分を「悪」と断定する。人殺しは殺人、と表現し、戦争は戦争と呼ぶ。
例えば「民族浄化」といった加工し易いが故に曖昧で、利用する者にとって都合のいい単語は絶対に使わない。
それだといくら大言を吐こうが結局はマスメディアや体制と一緒になってしまう。
ココ(高橋慶太郎)は情報を劣化させることを厳密に避けている

知識があろうが情報に強かろうが、大事なのは言葉を飾り立てて嘘をついたり、目隠しをしないことだ。
ココは完全に「悪」だが、見ていて気持ちがいいのは彼女が仲間には絶対に嘘をつかないからだ。
愚痴り、知らないことは知らない、と断る。車を紹介するシーンでも彼女は知らないことは喋らない。
自分の専門分野でなければその筋の仲間に任せる。
ブラクラ」のレヴィが凶悪なのにヒロインが務まるのはココと同じく嘘をつかないからだ。

なにも知らない人間が聞きかじりの知識で知ったふうな口をきいても結局は話の足をひっぱるだけだ。言葉遊びでしかない。
嘘で言葉を飾ると不毛な葛藤が生じる。「ガンスリ」の少女たちは嘘をつかないが故に殺人者ではあっても無垢だ。
一方、「ガンスリ」の大人たちは自分の嘘に苦悩している。
ガンスリ」の少女たちは「社会に存在できない」「嘘臭い存在」という時点で既に不毛な闘争を繰り返す社会へのアンチテーゼになっている。
ガンスリ」が傍から見る限りではバカバカしいコミックとしか思えないのは、嘘が常套になっている現代社会に存在できないものを描いているからだ。

  • 目標は世界平和。ココ・ヘクマティアル。

ココは生まれながらにして罪を背負っている。武器商人の子供だ。ココは劇中、自分を「悪」と断定する。
自分の存在に自覚がある。
上記したように逆セカイ系キャラとして彼女を読みとった場合、ココは世界の罪悪を一身に受けている存在だと分かるだろう。
それも彼女は熟知している。
「プロジェクト・ヨルムンガンド」とはそんな彼女が罪を購う計画でもある。
詳しくは述べない。
しかし嘘で世界は救えない。ココはそれをよく知っている。だけどズレた世界が容易に変えられないこともチナツやヘックスで分かっている。

ヨルムンガンド計画とは彼女自身と、不毛な闘争を繰り返す現在世界の総決算であるともいえる。

それ故に彼女が活躍する世界を描いた作品のタイトルはヨルムンガンドだ。

オーディナリー± (サンデーGXコミックス)

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デストロ246 1 (サンデーGXコミックス)

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