趣味の情熱百合四コマ『ちょっとかわいいアイアンメイデン』

コミックちょっとかわいいアイアンメイデン感想

絶対☆アイドル (角川コミックス ドラゴンJr. 133-1)

絶対☆アイドル (角川コミックス ドラゴンJr. 133-1)

莫迦でなくって、出版屋なんかやれるか、とは柴田宵曲の「妖異博物館」を出版した青蛙房主人の言葉だ。
事実、青蛙書房から出版された「妖異博物館」は柴田が自分の趣味を前面に押し出した作品だ。
「妖異博物館」は古典から怪しい書物にまで及ぶ膨大な量の妖怪の知識を列挙しただけの本となっている。
しかしこの本は柴田の優れた文章によって売れ、重版、続編も出版されており、現代では古典と化している。
これは現代の出版業界にもよくある現象だ。特に角川書店は中上健二とニーチェ赤川次郎を同じ棚に並べるだけの神経の持ち主だけあって漫画もガチの売れ線から「どうしてこんな趣味のものが発行されるんだ?」というような書籍がたまに発行されます。

角川コミックス・エース・エクストラから出版された「ちょっとかわいいアイアンメイデン」もその一冊。
原作、深見真
作画、α・アルフライラ

「アイアンメイデン」は名門お嬢様学校に入学したヒロインが美少女ばかりで形成された拷問部に無理やり入部させられた日常をコミカルに描く。
この四コマ漫画は、趣味によって形成されたといっても過言ではない。情熱の結晶だ。

まず本を手にとって一番の印象に残るのは不可解な器具の前でアイスを舐めている少女帯の「マジ天災!」だ。
不可解な器具は本編でも登場する拷問器具の数々だ。四ページ目に病的なフォントの細かさで器具の説明がなされている。
本来ならそんなの必要ないのに深見はあくまでも説明にこだわる
このエロい絵面と奇妙な道具のコンボでひっかかった人も多いだろう。この表紙は本編で行われることをほぼ説明している。

帯の「マジ天災!」というコメントは虚淵玄だ。ネットをみる限り虚淵の推薦なら」とこの本を手にとった方も少なくないようだ。結果として中身が変態趣味全開なので「裏切られた」と思ったみたいだ。
まどマギ」で変に売れてしまい、業界と「まどマギ」ファンが勝手に神格化した感がいなめない虚淵だが、もともとはエロゲーのシナイオライター。
虚淵シナリオライター、ライター、小説家、同人誌作家が多く所属しているTRPGボードゲーム集団「戦慄のマッド軍団」に所属している。
深見真もこの「マッド軍団」に所属している。
憶測の域をでないが、この帯は「戦慄のマッド軍団」繋がりで虚淵がコメントをしている可能性が高い。
全く接点のない四コマ漫画虚淵が編集の薦めで手にとり「これは天災だと感銘を受けたから」書いた訳ではなく、「友達が面白い本を描いたから」推薦文を書いた可能性が高い。
「戦慄のマッド軍団」は悪ノリが好きな集団だし。
ちなみに虚淵と深見はアニメ「PSYCHO-PASS サイコパス」で脚本を担当している。

また表紙裏の冊子本体にはアルフライラ、深見真のコメントと共にヒロイン達が描かれている。これは作画担当のアルフライラが描いたものじゃない。コメントにあるように原作者の深見と友好のあるRebisによって描かれている
Rebisはアルフライラとも友好関係にあり、共著の同人誌も存在する。
そもそも本編の作画がアルフライラなのはRebisによる推薦だからだ。

表紙、帯の時点でこの四コマ漫画は深見とアルフライラの趣味で成立している。

  • 内容も趣味

あらすじは冒頭に書いたけど、本編のメインである「拷問部」は設定では陸軍中野学校の女子校に設立されたという設定になっている。
陸軍中野学校日本に存在していた諜報機関の養成学校。世界大戦で大きな役割を担ったが存在は陸軍内でも秘密とされてきた。この陸軍中野学校を扱ったコミックとして安永航一郎の「陸軍中野予備校」映画なら市川雷蔵主演の「陸軍中野学校 雲一号指令」なんかが存在する。
諜報員としての適性試験として真っ暗な部屋に人間を放り込んで監禁、行動パターンを分析するといった拷問まがいの訓練も多かったこの学校は任務を終えると廃校となった。と思うんだけどなあ。
ちなみにこの暗闇に人間を放り込んで行動パターンを分析するメソッドは現在、心理学の分野でも応用されている
部屋の端っこでうずくまってたりしたら幼児退行化、防御本能の兆候として扱われる。
部屋の真ん中で居眠りする程の図々しさを有する、が諜報員として正解である。本当かよ

深見はもともと富士見ミステリ文庫の『ブロークン・フィスト 戦う少女と残酷な少年』でデビューしたラノベ作家だ。
現在も富士見ファンタジアや、ファミ通文庫のシリーズものを発行しているが、内容はミリタリがメイン
さらに同性愛や拷問、諜報機関の描写も散見される。
深見自身もスパイ小説やスパイ映画などが好物だし、ブログ上やツイッターでも本や映画の感想がメインだ。
これはそのまま「アイアンメイデン」にも適応される。ミリタリ描写こそないものの、本編に見られる拷問、百合描写はラノベ作品からの顕現化だろう。
「アイアンメイデン」では拷問器具の他にも映画から登場人物の名前までコアな固有名詞が列挙される。
「ジャック・ケッチ」「団鬼六」「ロング・キス・グッドナイト」
拷問部員の名前もレスラーからとられているのには呆れた。
これはそのまま深見の趣味ととってもいいんじゃないか。

学園コメディでは「入学したら部活に勧誘されてそのまま入部」というパターンが王道と化しているが、その王道を踏まえた上でのマイナーな「拷問」だ。

  • 作画も趣味

α・アルフライラは本書がメジャー誌デビューとなる。それ以前はコアな紳士に受けの良かったふたなりものの18禁向け同人誌が主な活動拠点となっていた。これは現在も進行中です
本編にはコスプレをする描写が散見される。これは深見の趣味でもあろうし、なにより同人出身のアルフライラにとっても趣味の要素が強いように思う。本編3話の「なのは」のコスプレシーンが顕著だろう。アルフライラは「なのは」クラスタであり、「なのは」タペストリーや18禁の「なのは」同人誌を販売しているからだ。
クラスタでもあるようなので、是非、咲もお願いしたいです。

一番趣味性が剥き出しになっているのがキャラクターデザインそのものだ。
アルフライラは千夜茶房というサークルでオリジナルふたなりものの「ASL」シリーズを刊行しているけど、この「ASL」シリーズのキャラにアレンジを加えたものが「アイアンメイデン」のキャラたちだ。
特に「アイアンメイデン」の生徒会の会長経理は、性格に変更点こそみられるものの、外見上はあまりアレンジをほどこされることなく「ASL」の生徒会メンバーが出演している。
手塚治虫藤子不二雄、石ノ森などのスターシステムを採用しているのか、単にアルフライラの趣味なだけなのか不明だけれど。
また、前述したようにアルフライラはふたなり、百合を得意とする。ツイッターでのプロフィールでも「男の娘クラスタ」と名言している。
この「百合」は本編の基本コンセプトと繋がる。拷問部員の蒼空は男の娘だ。
前述した「なのは」コスは蒼空が受け持った。「なのは」のふたなりを描くアルフライラにとって男の娘の蒼空によって行われる「なのは」コスはかなり美味しい展開だったんじゃないんだろうか。
蒼空は拷問部の顧問と恋愛関係にあるが、顧問も男の娘であり、同性愛者でもある。

「アイアンメイデン」では拷問にフェチズムを盛り込んだり、喘ぐ描写も多い。フェチズム、お色気シーンはアルフライラの得意分野だ。本編では同人で行われていた奇妙な性行為が「拷問」によって昇華されている。
巨乳もロリも登場するが、どちらもアルフライラの好物だ。
「アイアンメイデン」は変態同人誌をメインにしていたアルフライラに最適な表現場所となっている。

さらに絵のタッチも商業ながら、同人作家α・アルフライラ特有のタッチを維持している。商業向けに線が細くなっているが、それはアルフライラの特徴をより強化した。一本一本まで分かれた髪の毛。ベタやトーンを多用した細かい服や身体のライン。
一滴一滴まで細かく描写された汗、水滴。それは背景にも及び、木目やカーテンの皺など微細に描かれている。ディティール厨としては見ているだけでテンションが上がる。
明らかに仕事の範囲を超えたこの描き込み具合は、情熱が最大の武器という同人誌作家特有の精神性の表れだ。
しかもこのディティールは手慣れた作業で描かれているので、ストーリーを妨げるようなことはない。
必要な部分で描き込み、そうでない場合は省く。アルフライラはちゃんと分かっているなあ。
あらゆるものをエロく描いてしまうアルフライラにとってこれはもう水を得た魚に他ならない。

  • 趣味で悪いか

かように趣味全開で書かれた「アイアンメイデン」だけれど、この本は決然と「商業」の部類に入る。
総じてタイトルから内容を想像した読者から「拷問描写が薄い」「テンプレ」ととられがちだ。
だけれどもこの作品は原作者と作画担当の趣味が絶妙にマッチした稀有な例だと思う。

個人的にはアルフライラの絵は深見の趣味とマッチして「みていて飽きない」つくりになっている。
四コマは「エロいだけ」「可愛いだけ」なら直に飽きてしまう消費の激しいジャンルだ。
ゆゆ式のように若干規格から外れた、消費に対する耐性の強い作品はなかなか登場しにくい。
それだけにこの作品には今後の展開が期待したいところです。
「妖異博物館」みたいに古典にはならないだろうけれど。趣味でマイナーな固有名詞が列挙されている本ってサンプルとして貴重ですし。

ただし注意すべきなのはこの作品は趣味全開なので、よくも悪くも両者のほとんどが詰まっている。
特にα・アルフライラは同人から直でこの作品を作っている。同人作家としての毒を抜かないまま。
それが深見の変態趣味とマッチしているけれど、脱臭された商業作品に浸っているひとには気持ち悪く映る可能性がある。
羽海野チカ先生のマンガにうっとりして、矢吹先生の「ダークネス」に不謹慎さを感じているひとは注意して下さい。
でも僕のブログにくるやつってボンクラばっかりだから心配ないか。
みんな! ここには俺たちのボンクラな夢が詰まってるぜ! 女子校に入学した美少女が拷問部でお姉さまに妄想で喘いで、百合でおっぱいで、貧乳で男の娘で、BLもアリだ!

見方によってはα・アルフライラの趣味が深見真の趣味によってプロデュースされているこの本は、アルフライラのファンとしてはそれだけでも価値があると思っている。
原作と作画の内面世界だけが投影されながら(だからキャラのセリフは、特に拷問に関してのイデオロギーはそのまま深見の自己言及に他ならない)ラブコメに終始し、閉鎖的な構造にならないのは結構珍しい
ミリタリ好きな作家の作品は自己言及タイプに陥り易い。
以前の記事で取り上げた野上武志は戦車と美少女で自分を語り、押井守はガジェットと引用で自分を語る。
攻殻機動隊」の劇場版がああなったのは押井守が自己言及の舞台に選んでしまったからだ。
だから「イノセンス」でバトーが素子を追い掛けて、映画としても人形映画になったとき僕たちファンはやり過ぎだと慌てた。押井はベルメールの人形に非常な感心を持っているからだ。

ちょっと話が脱線するけど、だから僕は水島監督が「ガルパン」を二度落として、来年三月まで延期を決定した時、なんとも言いようのない親近感を抱いた。結局このひとも僕たちの仲間なんだ、と。
周囲への面子とか辻褄合わせなんかより、作品のクオリティをとったからだ。

とにかく、自己言及は他者を排除しがちだ。しかし「アイアンメイデン」からは息苦しさを感じない。
それは恐らく、同時代性を獲得しながら徹底的に自己言及的だったニルヴァーナとサイケに走ったカイアスの差みたいなものだ。
不謹慎な癖に陰性を感じないのは、この二人の作家の作風が限りなく陽性だからだと思う。
この作品はカイアスが警察とメジャーレーベルの青田刈りの目を逃れるために延々と砂漠でライヴをやったみたいに、夜が明けるまでずっと拷問ラブコメを繰り返すだろう。

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