少女!暴力!セックス!『君は淫らな僕の女王』

岡本倫横槍メンゴ君は淫らな僕の女王漫画感想

君は淫らな僕の女王 (ヤングジャンプコミックス)

君は淫らな僕の女王 (ヤングジャンプコミックス)

新潮選書 身体の文学史

新潮選書 身体の文学史

漣さん

「正直どうでもいい」

http://omuraisu0317.blog56.fc2.com/blog-entry-1455.html

で作画:横槍メンゴ・原案:岡本倫

君は淫らな僕の女王

の発売を知って僕は会社の帰りに本屋を梯子した。
どの書店も売り切れ。ようやく四件目で手に入れた。もの凄い売れ行きだ。現在(2月24日)アマゾンでも入荷待ち状態。
どうして僕がここまでこの本にこだわるのか。
横槍メンゴの可愛らしい絵柄はもちろんだけれど、僕は原案の岡本倫にすごく注目しているからだ。
岡本倫映像作家だ。
漫画家だから映像作家ではない。
自分の考えた絵を紙に描きうつせる作家なんかはいて捨てるほど居る。
本当の映像作家とは、自分の脳内のイメージを、可能な限り正確に読者のイメージという世界に叩きつける素質を持ったものを指す。
絵だけではない。構成。セリフ。ストーリーライン。物語全体の起伏。キャラクター。それら全てを総動員して自分のイメージを読者に叩きつける。漫画でなくともいい。映画でなくともいい。演劇でも、小説でも、朗読でも、受け手に可能な限り、送り手の映像を叩きつけられるのであればそれは映像作品だ。
しかも岡本は映像作家の大半がそうであるように、暴力描写にとり付かれている。そしてとても暴力描写がうまい
絵だけではなく、セリフや構成といったあらゆる面で暴力的なのだ。

岡本倫はオリジナルの絵が描ける。それも荒々しくも禍々しい、暴力的な絵を。
しかし今回はエロ可愛いタッチの横槍メンゴが絵を担当する。
手元に是非残しておきたい作品だった。

あらすじはこうだ。主人公の斉藤は昴という美麗のお嬢様が好きだ。昴の幼馴染である斉藤は彼女の為に人生の半分を生きてきた。
決死の努力で格差を埋めて、彼女の所属する名門校に入学する。しかし昴は斉藤に見向きもしない
それがある出来事を契機に昴の自制心が「魔法」で完全に消失する。自制心が消失した昴は斉藤に告白する。
「毎日斉藤の事を考えてオナニーばかりしていた。我慢できない。セックスしたい。それぐらい斉藤が好き。排卵したい!受精したい!」
昴は自制心を一時間だけ失う「魔法」にかかっている。その間、昴は性欲を我慢する為に斉藤にフェラをしながらオナニーをする。
斉藤のことを考えるとオナニーが止まらなくなる。自分でも止められない。自制心が喪失する。
止める方法は昴の性欲を満足させるしかない。病気のレベルだ。斉藤は戸惑う

ここではアニメにもなったラノベココロコネクトで「人格入れ替わり」「欲望解放」「時間逆行」編で扱っていた問題を全一巻でまとめてしまっている
恐るべき力量だ。しかし僕は岡本が簡単に「身体と心の問題の解答」を出したとは思えない。
彼は暴力という形式で逆に読者に問い掛けているのだ。

昴が漏らすセリフがある。「頑張ってオナニーしなきゃ」

ここで描かれるオナニーはいやらしい。横槍の描く昴はエロ可愛い。淫語も連発する。
だけれど、動物じみている。昴のオナニーやフェラチオシーンは動物の交尾を見せられている気分になるのだ。
卑猥な癖に、どこか事務的で獣臭い、互いの温度というものを感じない性交。
これが岡本倫の描く暴力だ。彼がセリフを描けば、彼が汗まみにれになって必死の形相で斉藤のペニスを咥えている昴の姿横槍メンゴに指示すれば、セックスですら暴力になる。それ以前に、セックスは暴力だと岡本は喝破する。
昴はいつも泣いている。オナニーの最中も。絶頂を迎えた瞬間も。普段気丈に振る舞っている時に我慢している涙を吐きだすように。

脳科学の分野でセックスを説明するとこうなる。セックスをしている間は脳内物質が分泌される。それが「気持ちいい」という快楽を生む。では快楽物質が出ていないセックスはどうなのか。
限りなく重労働なのだ。ひたすらペニスに血を集中させ続ける。男女共に、腰を振る。激しく身体を動かす。
息も切れ切れになるのは重労働をしているからだ。
疲れていると性欲が減退するのは性行為が重労働の査証にほかならない。
セックスと暴力。違いは「気持ちいい」か「苦痛」か。この差だけだ。それも脳が全てを司っている。だからハイになれば暴力は快楽に裏返る。戦場でよく使われる言葉「コンバットハイ」という単語は有名だ。

ここではエロゲーで使われているシュチュエーションが頻繁にある。
荒い息を吐きながら淫語を連発し、裸になって股間を広げ、斉藤を誘う昴。
しかし、どうして吐く息がここまで荒々しくなければならないのか。
なぜ、淫語を連発する昴は必死の形相なのか。
斉藤のペニスを咥える昴は死に物狂いなのか。

エロゲーによくある痴女が男のパンツの臭いに欲情する、というシーンを昴も再現する。
その様子を昴は斉藤に細かいディティールまで説明する。
「わたしを見て欲しい」という心情の表れだ。
なら、男を誘うように喋ればいいだけの話だ。ここまで病的に喋る必要はない。
オナニーの最中、昴は何度も「気持ちいい」を連呼する。
しかし斉藤も昴も「気持ちいい」顔をしているようには僕には見えない。互いに必死の形相だ。
昴に懇願されて彼女の股間を舐めている斉藤は「息が苦しい」「おぼれそうだ」とばかり考えている。
絶頂を迎え、失神する昴を斉藤は歪んだ表情で受け止める。

ここにはエロゲーやエロ本にある蕩けた顔はすこししか姿を見せない。それすらも昴の獣性に掻き消されてしまう。

そして自制心を取り戻した瞬間、昴は

「恥ずかしくて、死にたい!死にたい!死にたい!死にたい!死にたい!殺して!殺して!殺して!お願い!!殺してください!」

と絶叫する。
これだけ後悔し、恥辱にまみれながらも昴は自制心を失うと、また淫語を連発しながら行うオナニーが止まらなくなるのだ。
僕は笑うシーンなのか、それとも他の意味を持っているシーンなのかよく分からなくなる。

この漫画は「身体と心」が暴力的に扱われている。
オナニーが終わった瞬間、昴は呟く。「すっきりした」
「気持ちよかった」ではない。「すっきりした」だ。使い方は間違っていない。オナニーをすればすっきりする。
だけど、この言葉に感じる違和感はなんなのか。昴はオナニーをしていた訳ではないからだ。

昴は斉藤の精液の臭いを嗅がないと我慢できない。しかし斉藤がオナニーをしたテッシュは捨てられている。

「しゃーない。パンツでもしゃぶるか」

この瞬間、昴の表情はとても理智的に描かれている。頬を上気させ、涙を滲ませ、淫語を吐くのはオナニーを開始してからだ。
この僅かな瞬間だけ、横槍メンゴの描く昴はとても淫乱に見える。
もし岡本倫が作画まで担当していたら、ラブコメエロコメとして成立しない可能性がある。
エロいシーンで官能的に見えるのは、昴や斉藤の身体より、昴の衣服やパンツ、ベッドや使用済みのテッシュの山だ。

ペンフィールドホムンクルスという脳が身体を認識する順番を描いた図が存在する。

人間の脳は頭、首、胴体、手、腰、足という風に認識してはいない。
実際に認識する順番は足、胴体、手、首、頭となっている。
昴が自制心を失った瞬間、この構図が露わになる。
昴はトイレで斉藤のパンツの臭いを嗅ぎながらオナニーをする。
オナニーをしながらこう独白する。

「涙を別の液体にして分泌する。それがいつも私が悲しいときにする涙の止め方だった」

前述したように昴は自制心がなくなると饒舌になる。
淫語を連呼し、事細かに喋る。斉藤にフェラをする。なぜフェラなのか。なぜ喋るのか
ホムンクルスの図では口が異常に大きい。その次に手である。末梢神経がここに集中しているからだ。
自制心を失った昴は喋る。フェラをしながら自分の手で自身の性器を慰撫する。ホムンクルスの口は大きく、手も大きい

自制心がなくなると昴は小便も我慢しない。その場で垂れ流す。オナニーで疲れたらその場で寝る。父親の前で斉藤への愛を語る時、自制心を失った昴は、斉藤を想って行ったオナニーの回数を語る。周囲を意識しない。この意識しない、というのは現代においては非常に野蛮である。愛の度数をオナニーの回数で例えられれば誰でも惑乱する。卑近過ぎるからだ。
神経科の入院病棟やサナトリウム、あるいは宗教の社が山奥にあるのは現代と相いれないからだ。
人間の理性という近代の緩和材が介入し得ない。身体、精神障害云々以前に政治が隠してきた人間性が剥き出しになっているからだ。そしてセックスにも政治性はない。個人的な行為にはすべからく政治性がない。歴代の芸術家が権力者に弾圧されてきたのにはここに理由がある。
だから政治的理由で昴の将来を限定しようとする父親は娘のオナニーを語る姿に動顛する。

「涙の替わりに潮を吹いて、泣くのを我慢しようとするのに全然濡れない。あっちゃんと一緒になれないと思うと全部涙になってしまう」

これまでの作品で(そして現在進行形の作品で)岡本倫は暴力を直截的な手法で描いてきた。
彼独自のタッチも手伝ってそれはとても残酷だった。
しかし君は淫らな僕の女王において岡本倫横槍メンゴというエロ可愛くかける作家と組んでいる。
ある人にはこの作品はいやらしいリビドー全開のエロコメに映るだろう。だけれども、それだけなら、ここまで売れる筈がない。
そこには暴力がセックスの背後に大きく手を広げているからだ。

実はこの作品はこれまでの岡本倫の作品と全く変わらない。横槍メンゴと組んだのは正解だ。岡本倫の世界を違う視点で描けるからだ。岡本倫の物語とは、どうしようもない人生の壁にぶつかって、顔を歪ませながら壁を取り除こうとする物語だ。岡本倫は人生の残酷さを知っている。だからそれは時として成功する。そして場合によってはとても無残にも失敗する。

みんな薄々気付いている。セックスは暴力。とても淫猥な響きだ。

セックスは暴力。欲情を司る陰部の対にあるのは、感情とコミュニケーションを表現する口ペンフィールドホムンクルスはそれを示している。
岡本倫横槍メンゴはそれを熟知している。だからみんなこの漫画に夢中になるのだ。

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