かつて見た夢幻境を旅して『てるみな』

てるみな 漫画 感想

てるみな 1―東京猫耳巡礼記

てるみな 1―東京猫耳巡礼記

楽園 Le Paradis 第10号

楽園 Le Paradis 第10号

ピクシブ愛好者の間ではなんだか延々と坂道が続いている街だの、レール一本で弩級の城塞都市が移動しているだの、かつてあった香港の九龍城みたいなゴテゴテした街並みが昭和日本の下町の家屋で構成されている図だの、そういう「不思議というかノスタルジーな風景」みたいなのがカテゴライズされて人気を博しているみたいで、それを耳にした時「あっ、僕だけじゃないんだ」と妙にそういう人達に同族意識というか、親近感を覚えたことがあります。

kashmir「てるみな」はそういう変な景色に妙に惹かれているひとが読めばぴったりくるんじゃないかなあと。

僕は数年前から悪夢というか、懐かしいというか、不思議な夢に盛んに襲われていました。
夢の中では僕は昭和の薄汚い木造の商店街を歩いていて、食堂から流れてくるやけに濃い味噌汁の匂いとか、薄暗い店が立ち並んでいるとか、変に女子中学生が多いとか、そういう懐かしいと評すには、少しずれた場所を常に歩いているのです。
なんで僕は歩いているかといえば、古本屋を探して歩いているのです。そこでいつも棚に、箱入り怪奇ホラー関連の書籍を見つけては安心して、蒸気が噴き出す木造駅に停車している列車に乗って山の上にある自宅にガタゴトと帰っていくのです。

これが冗談抜きで何年も続いていました。流石に気味が悪いを通り越して「なんかあるんじゃないだろうか」とも思います。友人に精神科医があるのですが、参考に彼に聞きにいったところで「忙しいのに、何をいってるんだお前は」とか言われそうなので相談しにくいのです。常に第一線で医療に関わっている彼は、フロイトとかユングとかの夢判断とかいった机上の理論派を信じていないタイプなのです。
もはやこれは夢占いとかの類ではないかと自分でも考え始めました。

ところが二カ月くらい前に夢のなかで僕は遂に本を手に取りました。理由は分かりません
途端にそういった類の夢を一切見なくなったのです。

しかし夢を見なくなったら今度はやけにその夢が懐かしいのです。もう一度見たいのです。
今思い返せば、ありゃ、絶対、多分、恐らく、きっと、僕の幼いころの風景とかが投影されていたに違いないのです。

ところが先日、kashmir「てるみな」を読んであっ、と漏らしてしまった。
「これ俺の夢じゃん」とか思ってしまったわけなのです。ネコミミ少女が列車旅行で体験する世界は、僕の夢の中に非常に似ているのです。

もうそのまんまです。薄汚い木造。薄暗い商店街。山の上。白々とした背景。そういう退廃的、耽美的というにはあまりにも不穏すぎて「死のイメージ」にも近いような絵が、列車の窓のそとにどんどんとでてくるのです。
しかもしんそこな不条理を伴なって。

吾妻ひでおの不条理SFのような世界。滝田ゆうの描いた戦前の寺島町(現、東向島)の赤線地帯。
ラヴクラフトを始祖とするアーカム一派の構成するクトゥルー神話体系を日本家屋風にした世界。つげ義春の描くような山の中。
そういう本当に「死のイメージ」がみっちりとしている世界をネコミミ少女が列車に乗って旅をしていく。

というか列車も奇天烈な形をしているものが多い。現在と過去、空想の産物が入り混じって存在しています。

登場人物もやけに艶っぽい癖に、どこか漠然としないところがあります。白い艶めかしい肌というよりはぬるっとした感じで触ったら多分、あったかいのかつめたいのか、判然としないようなところがあります。
女性はみな色っぽく、セックスをしたらさぞいやらしいのでしょうが、陰気な雰囲気が圧し殺されて静かな笑顔の下に隠れているのです。
包帯売春拷問嘔吐といった自虐的状況に自らを置いている彼ら彼女らは常に寝ているか静かに微笑んでいるかして、なにかを待っているようなのです。
なにを待っているのか

こんな不安な漫画をどうして俺は読んでいるのか。あやふやなのです。そういうケチくさいことを考えながら読んでいると、四十分弱で読書が終了してしまう。台詞がすくないので運ばれるようにどんどん読んでしまうのです。

深夜駅周辺を歩いていると、投光器の白っぽい光に照らされて真っ暗な列車の陰が佇んでいることがあります。誰も居ないのに動きだしそうな列車と駅。「てるみな」に登場する駅はぜんぶそんな感じなのです。昼間なのに、夜中なのです。

不安定で細いタッチで描かれた登場人物に反して、背景の情報量は圧倒的に多い。夜中に一人ぼっちで真っ暗な線路沿いを歩いているような気分になるのです。あるいは深夜映画のような、覚醒状態で悪夢を観ているような感覚。

kashmir百合星人ナオコサンの作者です。今回の「てるみな」は「ナオコサン」が内包していた不吉なイメージを増幅させて、その部分だけ刈り取り、一冊の本にまとめた印象があります。それは百合描写にも及んでいます。

冒頭に述べたような廃墟とも都市とも田舎ともつかないような不思議な風景をだらだらと眺めては悦に入っているあなた。
丁度いい漫画なのではないのでしょうか。

百合星人ナオコサン (1) (Dengeki Comics EX)

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