麻雀漫画の未来世界『咲-Saki-阿知賀編 episode of side-A』

咲-Saki- 阿知賀 小林立 五十嵐あぐり 漫画 アニメ 感想

1969年つのだじろうによる日本史上初の麻雀漫画が発表される。タイトルは『發の罠』
70年代。麻雀漫画といえば「男の漫画」だった。
汗臭い男たちが命を賭けて麻雀勝負を行う。この熱い展開はいまなお絶大な支持を誇っており、麻雀漫画の主流となっている。
福本漫画がその最先端を突っ走っているだろう。
読者の麻雀漫画に向けられる視線も自ずからそうした傾向に傾き、「本格麻雀漫画」といえば「男の勝負」という共同幻想が生まれた。
女性がメインのものも存在したが、脱衣麻雀や『いかさま雀鬼』のようになんらかの形でエロス表現がついてまわった。
90年代末から零年代初頭には片山まさゆきをはじめとする実力派が女性雀士が活躍する「健全な美少女麻雀漫画」を発表する。それでも女性雀士の活躍する漫画は男性雀士ものにくらべて全体の一割にも満たなかった。

零年代後半、漫画、アニメ界は「萌え」が席巻した。特に今までメジャーでは軽視されてきた「百合」という女性同性愛のジャンルが、同人サークル「上海アリス幻樂団」のメンバーZUNが制作した東方Projectを筆頭に同人業界からメジャーに台頭してきていた。
プリキュア」や「ストライクウィッチーズ」「美女が野獣」など、なんらかの戦闘技術を触媒に、独自の世界観を有して物語を進行させる萌え百合漫画、萌え百合アニメも続々とメジャー誌に登場し、あるいは番組枠を持ち、人気を集めていた。
百合姉妹』(後の『百合姫』)といった百合専門雑誌が創刊されはじめたのもこの頃である。

こうした状況下の2006年、小林立がコミック「ヤングガンガン」という漫画雑誌に『咲-Saki-』という百合萌え麻雀漫画の連載を開始する。

  • 『阿知賀』前夜。本編『咲-Saki-』小史

小林立は「咲」以前は同人活動やアダルトゲームの原画、冒険小説などのイラストレーションを手掛けていた。
DTMマガジン」にMIDIソフト演奏の連載も行っていた。
咲-saki-」以前に『FATALIZER』という美少女格闘漫画を連載している。
また「シールオンライン」というオンラインRPGにもプレイヤーとして小林立は没入していた。
この頃の仕事はいまいちパッとしなかった。一部の小説作家は小林立のイラストに満足できず、復刊の際には別のイラストレーターに変更を希望する程だった。

咲-Saki-」は小林立が体験したこれらの要素を解体し、再構築した物語になった。
これまでの萌えイラストは「咲-Saki-」の萌え漫画、萌えキャラとしての基礎になった。
「咲」シリーズにはネット麻雀やそれらのアバターが頻繁に登場する。世界観としてはネットインフラが完備されている。
また当時流行していた「オカルト麻雀」とその対立概念「デジタル麻雀」両方が「咲」の作中に取り入れられた。
さらに「咲」は設定の他にもガジェットとしてSF趣味が散見されるが、これらは小林自身がオンラインRPGに深く没入したことや、MIDI機器をはじめとするコンピューター関連の知識などが影響していると思われる。

「咲」のノーパン世界、世界規模の麻雀社会、偏差値よりも麻雀能力が重視される学歴等、奇想天外な設定はこれまでの「麻雀に命を賭ける」とする麻雀漫画の世界観や、「パンツ姿で戦闘魔女が空を飛ぶ」といった萌え漫画、萌えアニメ独特の世界観から成立している。そこへ百合クラスタが嗜好するカップリング要素のお約束も大幅に取り入れられた。

「咲」シリーズは「出会いと別れ」「別れと出会い」「追う者」と「追われる者」、「持たざるもの」「待つもの」、「求めるもの」「待ち受けるもの」がテーマの一部になっている。これは日本の百合の始祖、吉屋信子からの伝統でもある。

「咲」は「格闘漫画」として扱われる事も多い。これは上記した「なんらかの戦闘技術を触媒に物語を進める百合モノ」の要素と格闘漫画の要素両方を孕んでいると思われる。この傾向は連載当初から顕著だった。さらに「ある役に対してある役が対立する、あるいは対抗するといった麻雀ルール」を駆使した麻雀漫画のエッセンスをも巧みに混ぜ合わせたものだ。
キャラには格闘漫画のお約束として特殊能力が付与された。

ヒロイン咲が得意とする能力「嶺上開花」は「嶺上開花」の役を成立させる牌が彼女が引く山のなかに必ず入っている。
原村和は「オカルト麻雀」概念に対立する「デジタル麻雀」の使い手である。
片岡優希はタコスを食べると「東場」だけは必ずトップをとれる。
東横桃子は「ステルスモモ」という別名を有しており、その名の通り、あらゆる場所で牌ごと自分の存在を消すことができる。

これらの異能力、格闘要素は咲-Saki-以前の連載、『FATALIZER』の時点で体現されていた。
「咲」は地方、国籍を問わず多種多様な人種の集合であるが、これも『FATALIZER』の時点で萌芽している。
また主人公格の咲が在籍する清澄高校は長野県であり、7巻までは長野地区予選がメインだが『FATALIZER』も舞台は長野だ。
主人公、士栗は過去に姉との因縁があるようなことをほのめかすが、宮永咲は姉と過去の確執がある。
舞台は近未来に設定されており、ネットワーク、交通インフレが完備されているが、「咲」も(現代に限りなく近い)近未来設定であり、ネットワークインフレが完備されている。
『FATALIZER』は萌え百合漫画でもある。

さらに「咲」には伝奇小説やゴシック小説、ゴシック絵画、耽美小説、ファンタジー小説幻想文学などにみられるロマン主義の影響も多い。これも『FATALIZER』の時点で顕著だった。
ロマン主義をなぞるのは萌え漫画、萌えアニメの特徴でもある。
ロマン主義とは18世紀末にヨーロッパを中心に発生した、合理主義に対抗し、人間の感情や主観に焦点をあてた技巧作品をメインとする。
漢字で構成された役名がそのまま能力の名前になる。可視化された比喩表現が多用される。比喩表現に使われる武器も日本刀や槍、邪気眼といったティーンエイジャーが好むものを用いる。主観が頻繁に変わり、その度に夢のような回想が挿入される。山や月、花といった麻雀にちなんだ幻想的風景を背景にした登場人物が多く起用される。日本古来の多神教が採用される。ロックやライトノベル、漫画を再出発点にして、現代テーンエイジャーに絶大な支持を得たゴシック趣味の採用。など、読者のエモーショナルな部分をくすぐる技巧が「咲」には多く使用された。

萌え漫画、萌えアニメには大人が登場しないのが特徴だ。これが場合によってはキャラの厳密な行動動機や心理の整合性を妨げる場合があった。小林立は親や顧問、あるいは麻雀プロといった形で大人キャラと子供キャラの接点を作った。
それ以前に『咲-Saki-』では各キャラの行動原理の整合性が極めて高く、時としてそれらは打ち筋や能力、牌の扱い、人間関係や環境への影響と直結するので、読者は感情移入が非常に容易になった。

「咲」はシステムや過去、価値観に捕らわれるあまり、自分を見失った自閉的な人間が、恋人の存在によって自我を取り戻していく典型的な自己探究の物語でもある。
それは物語冒頭において仲間と原村和によって自分自身を取り戻したヒロイン宮永咲の言動にも現れている。
以降、宮永咲は次々と仲間や対戦相手を覚醒させていく。

これらのいわば「なんでもアリ」な状態を「麻雀勝負」を軸にまとめたことにより、「咲」は「変わった漫画」として、だが一部の熱心なファンの支持を得て徐々に浸透していく。
そして2009年、絵コンテや演出といった経歴を積みながらも確実に実力を積み重ねていた小野学が初監督として「咲-Saki-」をアニメ化させる。
スタッフは百合アニメ『ストライクウィッチーズ』をヒットさせたGONZO第5スタジオ
キャラクターデザインは佐々木政勝
自身も麻雀の熱心な打ち手であった小野学は原作「咲-saki-」のスポーツ性とバトルロワイヤル的格闘要素を的確に見抜いた。
アニメ『咲-Saki-』は原作の本質を損なうことなく、視聴者の感情と戦闘意欲を鼓舞させる映像と演出を巧みに利用する。
原作独特の語感をくすぐるエモーショナルな名セリフも、当時若手の第一線で活躍しているアイドル女性声優たちによって音声化された。
結果、アニメ「咲-Saki-」は大ヒットを飛ばす。
深夜アニメブームに伴い、ファンの数と作品の認知度はこのアニメ化で桁外れに上がった。

アニメ終了後から数年、追い風を受け、関連商品が続々と発売される。原村和の後輩、夢乃マホが「咲」キャラクター達に麻雀のルールや役などを教わる麻雀入門書『ラブじゃん』PSPで麻雀ゲーム咲-Saki-Portable』。「ヤングガンガン」(のち「月刊ビッグガンガン」に移動)ではキャラクターの日常に焦点を当てた木吉紗の四コマ咲日和が、「月刊少年ガンガン」では咲-Saki-阿知賀編 episode of side-A』を原作、小林立、作画、五十嵐あぐりで連載開始。
「side-A」というのは全国大会「Aブロック」を意味する。本編「咲」で咲達が受け持つのは「Bブロック」
つまり「阿知賀」は本来語られることのなかった、もうひとつの全国大会の物語なのだ。

だが、「阿知賀」連載開始時点では、「咲」ファンさえも、「阿知賀」が本編に劣らない一大勢力になるとは予想していなかった。

  • 『阿知賀』連載開始

「阿知賀」の作画、五十嵐あぐりは『ドラゴンマガジン』の熱心な常連投稿者だった。1995年、「矢織見参!!」で『フレッシュガンガン』の大賞を受賞。同作品にてデビュー。以降、小品を手掛けた後、「咲」と同じ雑誌『ヤングガンガン』においてBAMBOO BLADEを2004年から2010年にかけて連載。原作は土塚理弘
剣道部の顧問を主人公にした「バンブレ」はしかし、スポットは明らかに剣道部の少女たちにあてられていた。
各々の得意技を駆使する、少女達が剣道試合の公式ルールにのっとり先鋒、次峰、中堅、副将、大将と闘う、剣道を通じて仲間やライバル同士が心を通わせる等、期せずして2007年から活躍場所を同じくする「咲」の小林立と同じフォーマットをなぞることになる。
五十嵐あぐりの速筆も手伝って6年間続いた漫画は全14巻。
少女漫画の系列からロリータ、萌えを取り入れた画風で絶大な人気を獲得。2007年から2008年までアニメ化もされ、ゲームも発売された。

そして2011年、『月刊少年ガンガン』9月号にて『咲-Saki-阿知賀編 episode of side-A』の連載を開始する。

  • 咲-Saki-』最大のテーマ「出会いと別れ」「別れと出会い」を凝縮

「阿知賀」では「咲」最大のテーマである「出会いと別れ」とその後にくる「別れと出会い」、「追うもの」と「追われるもの」「持つもの」と「もたざる者」「求めるもの」と「待ち受けるもの」を冒頭で全部体現させてしまう。
『FATALIZER』から一貫して扱っているテーマをここでも繰り返すのだ。

原村和は東京から奈良の阿知賀に引っ越してきた小学生。だが人見知りが激しい性格なので友人が作り辛い。
そこへ高鴨穏乃と新子憧という妙に人懐っこい同級生が和を「阿知賀こども麻雀クラブ」に誘う。こども麻雀クラブは高校時代、麻雀インハイで負けたことがトラウマになっている赤土晴絵が設立したクラブ。そこで和は麻雀クラブのエース、松実玄と出会う。しかし赤土晴絵の実業団への加入、就職を皮切りに、憧とは学校が別に、和は東京に引っ越してしまう。
まんじりとしない日々を送っていた穏乃はある日、インハイで活躍している和の姿をテレビで目撃。
「和ともう一度麻雀をする!」という目標の為にかつてのメンバーに加え、晴絵の熱狂的なファンである鷺森灼、松実玄の姉である松実宥を新たに仲間に加え、帰還した赤土晴絵をコーチに据えてインハイに挑む。

これだけで「追うもの」「追われるもの」、「持つもの」「もたざる者」、「求めるもの」「待ち受けるもの」、「出会いと別れ」が激しくキャラを入れ替えながら反復している。

さらにこの後、地区予選を突破した阿知賀は近い未来、共闘する千里山女子と遭遇。
全国大会に突入する。
この間、特訓相手として長野の龍門渕、鶴賀、風越と対戦しており、ヒロイン咲に敗退した彼女ら(風越のみ全国大会進出)と新たな出会いを獲得している。また翌日は北大阪と鹿児島、西愛知、静岡、千葉の代表と特訓する。
長野勢という「持つもの」から、「持たざるもの」阿知賀勢は意志を受け継ぐ。そして別れ。また出会い。
さらに阿知賀メンバーは会場で宮永咲と軽く接触。和との再会を果たす。

この「試合と試合の合間を利用して特訓」は格闘漫画、スポーツ根性もののお約束だ。企画段階でも「スポーツ根性もの要素を取り入れよう」という前提があった。

「阿知賀」では第三話で全国へ、第七話で早くも準決勝に突入する。「side-A」というタイトルが示す通り、「全国大会Aブロック」が物語のメインだからだ。
アニメ版でも三話で全国へ進出。「side-A」を強調する為に「本編」冒頭で流れたナレーションが「阿知賀」第三話の終盤でも流れた。
ここまでで「本編」でも行われてきた過剰なキャラの切り捨てが存分に発揮される。
敗退校は次の勝負に生き残れないから当然といえる。
結果として後には魅力的なキャラが山のように残った。このキャラ達は「本編」同様、時折顔を出してはキャラのバックアップ、あるいは解説に務めた。
「咲」では魅力的なキャラが大量に登場しては消えてゆき、ふとした場面で復帰するのがファン心理をくすぐる要因だが、「阿知賀」でもこれは厳守された。

この間の連載スピードは五十嵐あぐりの速筆が大きく貢献した。一か月一話につき、40ページから70ページ、時には80ページ以上を五十嵐あぐりはこなした。

準決勝で阿知賀は千里山女子と再遭遇。また、「咲」本編でヒロイン咲の姉である宮永照と敵対する。
これが「本編」への伏線ともなる。

また準決勝では、松実玄、松実宥の松実姉妹は過去との決別をはかることで勝利を獲得する。
千里山園城寺怜は仲間との別れを覚悟して突破口を開く。

書いているだけでも呆れる様なスピードで「出会いと別れ」が交互に現れる。

これらの描写は上記した全ての要素を含んでいる。携帯端末をはじめとするSFガジェット。
「咲」表現描写最大の特徴でもあるロマン派の技法。
ゴシック趣味、SF趣味は、漢字にアテ字を多用し、武器の比喩表現による必殺技が多い新道寺と白糸台に顕著だろう。
千里山の泉とセーラは少年趣味、怜と竜華は同性愛と耽美傾向が顕著だ。
準決勝の最期では、格闘漫画と麻雀漫画特有の役と役、能力と能力のせめぎあいである極め付けの必殺技が登場する。高鴨穏乃「リザベーション」あるいは「本編」における天江衣の「海底撈月」宮永咲嶺上開花と同じ傾向を有する深山幽谷という能力を発揮するからだ。

「阿知賀」では可視化された比喩表現が「本編」よりも多い。少年誌に掲載する上での配慮なのか、比喩表現を多用することによって「現在どちらが有利か」「勝負がどのような状況下にあるか」が視覚的に分かり易くなった。

この頃、「ヤングガンガン」の「本編」でも「阿知賀」と合流を開始。阿知賀メンバーの姿が「咲」本編に現れ、熱心な「咲」ファンは将来、「小林立によって描かれる清澄と阿知賀の対戦」に期待を寄せる。

  • 麻雀漫画の未来世界

メディア展開では「阿知賀」のアニメが原作二巻発売を待たずして開始。小野学が本編に引き続き監督を担当した。
制作はStudio五組Studio五組は「咲-Saki-」のアニメを担当したGONZO第5スタジオのスタッフが独立して設立した会社である。
「阿知賀」が絶大な人気を呼ぶ要因の一つとなった五十嵐のロリータタッチの絵柄は「咲-Saki-」のアニメ版に引き続き、「阿知賀」でもキャラクターデザインを担当した佐々木政勝の手によって本編寄りに調整が加えられる。
やはり視聴者の感情と戦闘意欲を鼓舞する演出により、アニメ「阿知賀」は絶大な人気を獲得。
この直後に原作は二巻が発売。アニメ化で新たに発生したファンは原作も手に取るようになる。
この流れは生かされ続け、テレビアニメが進行するのと同時に漫画も進行していった。

実はこの流れは制作サイドで予定されていたものだった。アニメ「咲-Saki-」終了後、続編の企画が持ち上がったが、小林立の「順当に続編にするのではなく、その前にスピンオフとして奈良を舞台にした「阿知賀」をやりたい」という希望がアニメ制作サイドに渡ったのだ。
結果として「阿知賀」は漫画とアニメの同時進行企画としてスタートした。
ネームを小林立が描いてアニメ制作サイドと漫画制作サイドに渡す。それを両者が処理していくという形になる。
ネームの時点で詰めが甘い牌譜はアニメスタッフとプロを雇用して煮詰めていった。

この形式をとったために、「阿知賀」アニメサイドでも「本編」側の舞台裏を視聴者に断片的にリークしていくことが可能になった。例えばアニメ「阿知賀」第10話では和と優希、咲が地下鉄で移動するシーンが挿入されるが、これは「本編」102話の重要なシーンに繋がっている。
アニメは全12話で終了。後に地上波未放送分4話が加わる。

ネットでも配信されたテレビ未放送話は原作七話分の分量を4話で支え切った。
テレビ未放送話が発生したのは小林立が提出するストーリーに監督の小野学が規定1クールの12話だけでは足りないと判断したためである。
この際、小野学は本編でも顕著だった「リアルタイム・アクティング方式」を大幅に導入した。
セリフは台本を喋るのとほぼ同じスピード。キャラが止まれば画面が動き、画面が止まればキャラが動く。
余分な動作は全てカットされ、内容に意味のある映像だけが残った。
結果、無駄をそがれスピーディーになったアニメはテレビ放送分よりも展開が早く、かつ、視聴者の戦闘意欲を高揚させる内容となった。

放送開始の時点で「阿知賀」のメインキャストは麻雀を全く知らなかった。監督、小野学は全員に麻雀を打つよう薦める。
これが現場の空気作りを促した。
なお、「阿知賀」も「咲-Saki-」同様、アイドル女性声優が多く配置されている。

この時点で、ネットではTwitterが登場していた。
各地に分散し、咲オンリーイベントコミケ、ブログ、CG掲載に特化したSNSピクシブ」でしか交流をとれなかった咲クラスタ及びイベントスタッフはネット上で続々と合流を果たし、恒常的に交流を重ねていた。
ネットではTwitter以外にも天鳳という無料麻雀オンラインゲームが登場していた。
クラスタTwitter上で連絡を取り合い、「天鳳」でゲームに興じては上達の為に点数や役を分析した。

「咲」では実際にネット麻雀をしているキャラクターの姿が散見される。原村和、龍門渕透華はネット麻雀のトップだ。また強豪校はipadに非常に良く似た(というか明らかにipadからイメージを拝借している)携帯端末でライバル校の役や点数、稗の動向を常にチェックしている。

テレビ未放送話はまず最初にCSの有料チャンネルAT-Xで放送されたが、後日、ネットでも無料配信された。
クラスタはネット配信される「阿知賀」を鑑賞しながらアニメクラスタのようにTwitter上でリアルタイムで感想を飛ばした。
Twitterによって「阿知賀」アニメスタッフも咲クラスタ、アニメクラスタと合流。ネット上で定期的に番宣を行う。
作画監督を担当した橋口隼人は仕事の合間を縫って制作したイラスト多数を、自発的にTwitter上でファン向けに公開した。

ネット上の聖地巡礼サイトは莫大な数に膨れ上がっていた。アニメ化で知名度が一気に上がった「咲」と「阿知賀」は聖地巡礼を報告するネットユーザーの自発的な宣伝行為によってさらに拡散。
「阿知賀」第一の聖地である吉野山は元来、修験道者育成の「本物」の宗教的聖地であり、世界遺産金峯山寺と千本桜を有している観光地だった。
吉野山から金峯山へ至る山道は舗装されており、巨大な無料駐車場を完備している。メインキャラ松実姉妹の実家である松実館のモデルとなった旅館「さこや」をはじめとして宿泊施設がある。道沿いには土産物屋と食べ処が林立している。田舎に拘わらず吉野駅大和上市駅、劇中に登場したロープウェイなど公共交通機関も揃っている。
アニメや漫画の「聖地巡礼」がいわゆるオタクの間で頻繁に行われるようになっている現在、物語の舞台とするには絶好の場所だったのだ。
地元の自治体も他の「聖地」同様、アニメファンと漫画ファン、両方を取りこむよう活動を行う。
吉野山は古くからの観光地なので、ファンへの待遇と観光地イベント、宗教的イベントが迎合しやすい場所だった。

テレビアニメ放映終了後の10月「阿知賀」及び「咲」のキャストを招集したファン特別イベント「咲フェス」も開催。
会場の様子を収めたBDも発売された。

そして2013年3月、「少年月刊ガンガン」4月号をもって「阿知賀」は最終回を迎える。全20話。
最終回はセンターカラーも含めて104ページという、月刊誌としても破格のページ数となった。

「阿知賀」は絶頂期を迎えたまま終了するというメディアのみならず、作品にとっても理想的な最終回を迎える。

  • 「阿知賀」の収穫

終了を迎えた「阿知賀」でもっとも大きなものはなにか。新たな語り手の具現化である。
寸分違わない演出方法とガジェット、テーマ、世界観を有しながら、高鴨穏乃という新たな主人公と、五十嵐あぐりという小林立に匹敵する新たな描き手、語り手が、新しい物語として「阿知賀」を語りだしたのだ。
これによって、「咲」という部屋は同じなのだが、パテーション分けが発生するという事態が発生した。
この影響で作中人物のみならず、ファンでさえも「咲」という同じ空間を「本編」「阿知賀」と交互に出入りすることが可能になった。
「本編」の出来事について登場キャラクターが作中で言及する場合「阿知賀」を避けて通れなくなった。
作品同様、ファンは「本編」について語る時「阿知賀」を避けて通れなくなった。

同じ物語に別の語り手を導入する方法はA・ビアスの短編「月あかりの道」から、それを再解釈した芥川龍之介「藪の中」、それをさらに再解釈した黒澤明の映画羅生門とメディアを経て様々に形を変えてきた。
そのメディア自体も変化を続けている。
さらに趣味の多様化も激しく行われた。
キャラ、メディア、趣味、あらゆる「新たな語り手の出現」を「阿知賀」はわずか2年足らずで消化してしまった。

現在もネット、同人誌では「咲-Saki-」「阿知賀」の様々な解釈が様々なファンによって続行されている。
この記事もその片鱗に過ぎない。

原作「阿知賀」より後に発表されたアニメ版「阿知賀」の最終回ラストは原作から大きな変更がなされている。
最終話にはこれから登場する「本編」全国大会のキャラが次々と登場する。
ラストカットにおいては原作では穏乃ひとりだけの後ろ姿が、アニメ版では和と合流している。
これは様々なメディアや語り手と合流した「阿知賀」ならではの最終回ラストカットといえるだろう。

原作「阿知賀」終了後、小林立五十嵐あぐりによる新たな新連載が予告された。
小林立のブログによると新作も咲関連を予定しているという。

  • (記事の作成にあたり、同人サークル「フライング東上」発行の『麻雀漫画で読む咲-Saki-』を参考にした。ありがとうございます。この記事の責任は全て当ブログ管理人にある。記事に不備があるのなら、それはすべて当ブログ管理人の責任である)

咲 Saki (1) (ヤングガンガンコミックス)

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花物語 上 (河出文庫 よ 9-1)

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