俺が喜ばずに誰が喜ぶ。山崎童々『制服DUTY』

制服DUTY (1) (ヤングガンガンコミックス)

制服DUTY (1) (ヤングガンガンコミックス)

ヤングガンガンに連載開始された山崎童々の異能力スパイアクション『制服DUTY』第一巻発売である。
たぶん、僕のような奇特な人間にしか支持され得ないのではないかと思うので、個人的にヤンガンでガンガン応援していきたい。

スパイアクションものの本質とはなにか。それは恐らく
「未だ不明な状況を鮮明にするため、そして己の身を守る為だけに、プロフェッショナル同士が技術のシノギを削り合う」
瞬間そのものじゃないだろうか。
また、「誰も知らない場所で、唯一、真実を知っている者同士が、世界維持の為に我が身を削る」瞬間だとも思う。
両者は矛盾しているけれど、スパイアクションというジャンルではこれらが成立している。
この成立の度合いが高ければ高い程、登場人物達の活躍に躍動感が増す。つまりエンタメとして完成度が高くなる。
同時に世界観は記号程度でいいという利点もある。プロ同士の闘いがメインなんだから、歴史的配慮、政治的配慮は援用で構わない。
政治的配慮、歴史的配慮は正確であればそれにこしたことはないけれど、それらは本当に必要事項なのかしらん。

『007』シリーズの陰謀は正確無比か?『ボーン・シリーズ』の発起点であるトレッドストーン作戦は実在したか?
ル・カレの描く登場人物とその組織は実在したか?『ニック・シリーズ』のディティールは確かに正確だが、作戦は本当にあったのか? 

答えは否。

それを示すかのように現在、冒険小説界に波紋を広げているグリーニーの『グレイマン・シリーズ』第一巻『暗殺者グレイマン』では元CIA特殊部隊員であり、現在PMCのグレイマンを殺す為だけに世界十二カ国の特務機関が一斉に襲ってくる。
レイマンはたったひとりでこれらの敵をページ数四百六十一ページ以内にすべて再起不能にしてしまうのである。
これらの普通に考えて「いや、そりゃねえだろ」的な状況を成立させているのは、映像的なアクションとスパイアクションに必要なディティールだと思う。
ひたすらグレイマンと敵は「世界維持のため」「プロとしてシノギを削る」。

『制服DUTY』はこれらを全て満たしている。主人公をはじめ、登場人物は異能力のエキスパートだ。
世界観の設定は「零年代からの冷戦」となっているが、それは「敵」が必要だからそうなのであって、描かれる日常は現在日本と寸分も変わらない。そもそも「敵」が誰なのか、どの国とどの国が表面上は膠着状態なのか一切、説明されない(それっぽい国旗が一コマだけ描かれているけれど)。
政治的配慮は皆無だ。

「制ダー」は日本の誰も知らない場所で、女子高生スパイが世界維持の為、ひたすらプロフェッショナルな異能力バトルを繰り広げる。

スパイアクションとしては僕的に合格である。
では「漫画」としてはどうか?
これが連載を追っているあいだ、ずっと僕の脳裏にこびりついていた。
山崎童々は女性向け恋愛漫画を描いていた。なのでいわゆる「耽美」の絵柄だ。
僕的にはこれはすごくツボだった。
百合要素もある。活躍するスパイはほぼ全員、女子高生を偽装している。耽美の絵柄と非常に相性がいい。
こんな感じで僕的には大好物なのだが、余計なお世話ながら一般受けするかどうかが疑問だった。
「これって俺しか喜ばないよなあ」みたいな感じだった。
なぜなら戦闘シーンにしても日常シーンにしても構図の段取りが極めて普通だったからだ。活劇もので構図が凡庸なのは命取りだ。
映像的にスペクタクルがない。

ところが第一巻発売が迫った第十一話(一巻には収録されず。二巻に収録予定)発表時でその疑念は払拭された。十一話で「能力を使用したド派手な空中戦」が展開されるのだ。
おやおやおや、と思ったよ。これはやっちゃったかな、と思ったよ。
今まではタメだったのか、それともそれっぽいシーンはそれまでにもあったので十一話にして山崎の「そっち方面の才能」が遂に開花したのか。
とにかく見開きで合計六Pに渡って、極めて躍動的なアクションシーンが展開される。
「ありえないカメラ視線」で空中戦が展開される。
これは絶対に漫画と映画、小説にしかできない視点だ。

そしてこのシーンは物語のクライマックスでもあった。それぞれ己の背景だけで動いていたキャラたちが主人公、霧島星埜を中心としてひとつの敵を斃す為に結集するという、めちゃベタが故に、盛り上がるのに気を払うべきシーンだったのだ。
そこへ追い打ちをかけるように、キャラたちが一斉に高揚感を示す。今まで星埜を喰っていたような研原がめちゃ可愛く見えたのだ。反対にどこか頼りない雰囲気だった星埜が頼もしいキャラに写っている。
山崎童々は、物語のターニングポイントでキャラの本質が発揮されたが故に立場が逆転するという重要な真似もやってのけている。
さらにこのページ間の科白少な! 
わざわざ作戦を説明しないで読者の目の前で派手に突発的な展開だけさせて、事後にちょこちょこっと「そういう相談をしたんです」と述べる、アクションマンガ特有のいい訳しない、いさぎよさ。
構造主義的な表現を使うならこの瞬間の二人の絵の構図は「星埜が研原を抱っこしている」シーンになっている。
この解釈は作者の意図をこえているかもしれない。
しかしそれならなおさらだと思う。漫画や映画、小説、音楽、絵画、アニメが本当に躍動しはじめるのは、作品が作者の意図を越えるという残酷な瞬間にはじまるのだから。ひとの人生ですら例外ではない。
それが作者にとって幸福であろうと。不幸であろうと。
読者にとって幸福であろうと。不幸であろうと。

もっと付け加えるなら十一話で発表された第一巻の表紙絵では色んなストラップをぶらさげているライフルを背中に構えた(僕の勉強不足なのか、現実には存在しない銃に見える。89式とHK、ベレッタ、CISなんかのいいとこどりをして近未来っぽくしたようなデザイン)星埜がトレードマークの苺牛乳を飲んでキメのポーズをとっている。
女子高生に銃でキメというミリタリ好きにはかなり急所をつかれたアカン構図なのである。
さらに異常に露出度が少ないダサい制服姿のまま、ダルそうなやる気のなさそうな飄々とした態度でたたずんでいるという星埜の性格も表現している。

ここで貶めているのか、褒めているのか、自分でもよく分からない発言をするけれども、山崎童々の描く女性は制服姿が異常に似合う。体操服で闘うとか。反面、普段の服装は若干ダサ目。これは山崎童々が女性にしろ、男性にしろ、ロリコン気質ということだ。
作者がロリコン気質ということはロリコン気質を持っているオタク方面へのアピール度はかなり高い。

漫画読みとしてはこの程度で喜ぶようではダメかもしれない。
しかしスパイアクション好きとしては「これで乗り越えるべき場所を「制ダー」がひとつクリアした」感が否めない。

もしこのまま平行線をたどれば、この漫画は間違いなく打ち切りだろう。
スパイアクションのステロにハマるだけの単なる美少女アクションで終わってしまう可能性もある。
しかし僕はこの漫画を応援し続ける。
「さらなるアクションシーン」は勿論、スパイアクションに必要な「政局が変化した故のどんでんがえし」や「心理上の理不尽でピンチ」などが、まだまだ山盛りな課題として残っている。
課題として残っているのであれば、クリアすれば「制ダー」はスパイアクション漫画としての強度を増す。
その辺は山崎童々も承知しているようで、本編にはそれっぽい伏線が複数バラまかれている。
つまり山崎童々は「分かっている」。ただし「分かっている」のと「他人にアピールする」のとはまた別物だと思う。

山崎童々はほぼ新人同様。
広江礼威高橋慶太郎のようにメジャーデビューでいきなり能力を発揮する作家も多々いるが、それは特別な存在だろう。
それだからこそ、応援する。
異能力バトルメインでガンアクションが少ないけれど、ガンアクションは必ずしも必要なものじゃない。ミリタリやスパイアクション、美少女アクションが好きなそっち方面の方がたなら承知している事項じゃないかしらん。
そっち方面の方がたには是非、一読して欲しいです。以下の公式サイトから一話が閲覧可能です。

【ヤングガンガン公式ページ】

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