危険なヴィジョン:劇場版『マリア様がみてる』

ここ数年、アニメ、コミックス、ラノベが続々と実写化され阿鼻叫喚の地獄を呼んでいる。
実写化が増えた原因についての評論家の分析は「昔のファン層が金を落とす世代にシフトしたから」「日本の映画界に創造性がなくなった」等様々だが、実情はよく分からない。
結果だけで見ると、とにかくよくない実写化映画がばんばん乱発されている、というのが現状ではある。

ところで僕も日本映画のアニメ、マンガ、ラノベの実写化にすごい偏見を持っていて、いまのところ、現在進行形で上映されている大抵のマンガ、ラノベ、アニメの実写化はとるに足りないものと信じて疑わない。
昔の実写映画化だったら、十分に見る価値があると思っているけれど。
その前提が覆されたのが実写版『マリア様がみてる』(10年公開。監督:寺内康太郎)だった。
僕はこの映画を公開当時、ファン特有の偏見から完全に無視しており記憶からも消し去っていたのだが、実際に目にして持論を打ち砕かれることになる。

そういう訳で今回はあまり顧みられない実写版『マリア様がみてる』の感想です。
これはいつか書かなければいけないと思っていたのですよ。
一部の人にはキモイ話になると思います。
僕も読み返して「キモ。これ腐のトークじゃん」って思った。これも実写版『マリア様がみてる』の特殊性に寄るところだろう。
しかし、書かねばならぬ。僕のように原作を愛するあまり実写版をスルーしてしまった百合オタがこの記事を間違って読んでしまい、しかし興味を持ってくれればと思っているから……!
布教活動とはいついかなる時も若干のキモさを伴うものなのだ。
百合オタなのに実写版『マリみて』を百合オタだからこそ毛嫌いしている。それはとても悲しいこと。



地元のそこそこ大きなDVDショップの邦画のセルコーナーをなにげなく散見してた時に奇妙なパッケージが目に留まったのがきっかけである。
タイトルはマリア様が見てる
パッケージには原作『マリア様がみてる』のイラストレータひびき玲音先生が描いた祐巳のイラストが前面に押し出されている。
第一印象は「なんでアニメのDVDが実写棚にあるんだ?」だった。
しかし手にとってよく見るとアニメのDVDが紛れ込んでしまったにしては何巻なのか明記されていない。
一瞬「単発のみのOVAか?」とも思ったが、僕の百合脳内データは「そんなものは存在しない」と主張している。
値段設定もややオカシく2800円とアニメにしては安すぎた。
いぶかしんで手に取るとパッケージ裏にはアイドルが『マリみて』の扮装をして写真に収まっている姿が!
「これが噂の映画版か!」
いたくコレクター魂をそそられてDVDを冷やかし半分に購入、観賞したのだが、終わる頃には完全に夢中になっていた。
まあ、僕は百合クラスタだし、可愛い女の子がキャッキャしてるだけなら大好物、といえばそれだけなのだが『マリみて実写』はなんというか、ちょっとカルトな映画になっているのである。

この映画は原作『マリア様がみてる』の一巻丸々を忠実に再現しているつくりになっている

私立リリアン女学園に入学した福沢祐巳(未来穂香)が憧れのお姉さま小笠原祥子(波瑠)を追い掛けているうちに、リリアン女学園特有の姉妹制度という独特の制度後継者争いに巻き込まれてしまう。憧れの小笠原祥子様の妹に指名された祐巳は嬉しいながらも複雑な気持ち。祥子様が祐巳を指名した理由が要約すると「とりあえずこの娘を妹にしておけば他のお姉さま方は私の妹選びに文句ないでしょう」というその場しのぎのものだったからだ。
しかし深い絆で結ばれているリリアン生徒会の姉妹達は、祐巳と祥子の複雑に絡み合った心情をやさしく解きほぐしていく。
ところがある日、ある一人の男子生徒がリリアンに訪れる。花寺学院の柏木生徒会長(碓井将大)が学園祭の打ち合わせで訪れたのだ。
花寺学院とは「女ならリリアン、男なら花寺学院」と呼称されるように名門であり、リリアンと対を成す男子校。
頭脳明晰なリリアン生徒会の姉妹達なら手際良く打ち合わせを済ませばいい筈。しかし、柏木に対する周囲の反応が若干異様な事に裕巳は気付く。
それどころか祥子様に至っては異常な動揺を見せる。さらに柏木は不穏な行動を見せる。
そして、学園祭の演劇にむけて姉妹達は練習を開始する。さらに祥子様は裕巳にある「賭け」を提示する。

ということで、基本的に女の子ばっかりが登場して、事実上男が登場するのは柏木君ひとり。しかも原作が意図したのかどうかは不明だが、男性の存在は女の子達には徹底的に「悪」として扱われる。
柏木君も原作通りホモである。これも小笠原祥子役の波瑠が「あのひと、ホモだし、外に女をかこって家庭を顧みない親父と同じ臭いがしてキモくて嫌」みたいなえげつない言い方をするのでホモがこの世の罪を一身に背負っているかのような悪い印象を受ける。
原作だと祥子さまも同じ科白をサクッとスナック感覚で言っちゃうのに、波瑠がいうとなんというかレンチで殴られたようなダメージがあるのだ。
まあ普通に波瑠くらいの年齢の女の子がホモ関係なしに「男ってキモいから嫌よね」とか言ってるの聞いてたら無条件にダメージ受けるわな。
この辺はなんというかリアル世界の直視したくない部分をわざわざ実写映画と言うメディアでえぐっていて、ソフトケイトされたアニメやラノベではあまり見掛けない表現であろう。


このソフトケイトされないポイントは百合描写にも及んでいる
冒頭、盗撮マニアの蔦子(広瀬アリス)が裕巳と一緒に入学早々、姉妹になった上級生と同級生のツーショットを写真に撮っているシーンがあるのだが、これがどう見ても同性愛者の逢瀬を女の子達が盗撮して「ステキ〜」と囁き合っているシーンにしか見えないというか実際にそうだ。エロいというかヤバい匂いを放つフェチズムの高さなのである。
この時、僕と一緒に友人も鑑賞していたのだが(彼も僕と同じく冷やかしで観ていた)、友人は百合属性ではないただのオタクなのにも拘わらず「これヤバくねえか?」とうっとりを通り越して、生々しい感触に気まずい様子であり、同時に画面から放たれる異様なオーラに完全に圧倒されていた。

この後も生々しい実写ならではの耽美性は連発され、聖(滝沢カレン)が裕巳に抱きついたり、やはり聖が裕巳のおっぱいを触る、など「原作にもある描写なのに実写でやられるとなんでこんなにエロいの……?」みたいな感じがバンバンなのだ。
しかも画面から匂い立つような女の子の匂いの強烈なこと。当時19歳の滝沢カレンが当時13歳中学生の未来穂香のおっぱいを揉む。


しかもこの映画はリリアン女学院のなかでしか撮影されていない。外の世界は全く画面に入らない。意図して外してあるのだ。
ロケ地は長野県上田市の旧宣教師館、松本高等学校(旧制)、信州夢ばらの里、さらに茨城県土浦市茨城県立土浦第一高等学校(旧本館)とばらばらなのだが器用に使い分けて架空のリリアン女学園という世界を巧く構築している。
これもカルトさに拍車をかけている所以である。

さらに低予算だったのか、撮影はデジタルカメラで手ブレが激しいのだがこれがよからぬ効果を生んで、女の子達が至近距離で喋ったり、抱き合ったりしている姿の生っぽさにさらに拍車をかけているのである。
またデジタル撮影の際に光度にあまり気を払っておらず、構図、アングル以外にはコントロールをかけていないので、それが逆にノイジーなのも長所と化している。ヨーロッパ映画はこの手法をよく使う。逆にハリウッドだと画面に光のノイズがはいると撮り直しになってその分、俳優の拘束料金を取られるのを防ぐために四方八方からライトを浴びせる。ハリウッド映画の画面が結構な確率でフラットなのはこの為だ。
ちょい話がズレるが、例えば好きなアーティストだったらスタジオ収録されたクリアな音声の音源もいいけれど、突き詰めるとライヴ盤→実際のライヴ、みたいにどんどん「ノイジーなその場の雰囲気を反映したライヴ感がよい」という印象を持つようになると思う。
この映画は正にそれなのだ。ライヴ会場は流石に無理なのでさしづめこの実写版『マリみて』はライヴ盤DVDという事になるのか。
流石に「演劇のDVD」と言わせるのにはちょっと恥ずかしい部分がある。この映画が恥ずかしいのではなく、そう表現する度胸が僕にはない、という意味である。繰り返すがそういう後ろめたい生っぽさがこの映画には横溢している。

この映画は何かを突き詰めた結果、原作のライトな百合とは違う、妖しい百合の魅力を持ってしまった映画になっているのである。

演技がヘタ、という部分は払拭できないものの、この作品に至ってはそれすらも魅力と化す。
うまく言えないんだけれど、多分、これ、完璧な演技でやられるとこんなに耽美性は高くならなかったと思う。
登場する女の子達が(全員、アイドル。逆算して四年前の作品なので、新人も当然存在した)たどたどしい言葉で喋る瞬間、瞬間に「こんな百合っぽいことを実写でやってるんだ」と突きつけてくるからであろうと思う。

語れば語る程にキモいトークとなってしまう実写版『マリア様がみてる』。
しかし一部の百合オタは「あれ? そんなに凄いの?」と確実に反応している筈である。
僕のように偏見でスルーしていた熱烈な原作ファン、百合クラスタはとにかく、一度鑑賞してから判断して欲しいのですよ。
判断を下すのはそれからでも遅くはないですよ。
DVDもBDも三千円の範囲内で買えるのでそんなに痛くはない筈。

実写版『マリア様がみてる』公式
公式でTrailerも観られる。


それでは、みなさま、ごきげんよう

実話を元にした百合映画、レア・プール監督の『翼をください』は絶版品切れ扱いなのか。ショック。

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