ひとりっ子『となりのロボット』
- 作者: 西 UKO
- 出版社/メーカー: 秋田書店
- 発売日: 2014/11/14
- メディア: コミック
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ただ、語りたい欲はあるので語らせてください。幸いにしてわたしの語る「ポイント」はまだ語られていないと思うので。
『となりのロボット』は「気付き」がすごく重要なポイントの百合漫画です。人間のチカちゃんとロボットのヒロちゃん。この女の子二人が恋をします。
一見すると王道もの展開を百合に移植しただけに思えるかもしれませんが、女の子同士の恋だから、という以前にヒロちゃんはロボットです。つまりここで百合という概念を一度分解される必要をこの漫画は気付かせます。同性同士の恋だから「恋」を見直そう、ではなくて、ロボットと人間の恋なんだから「恋」という概念そのものを見直さないといけない設定なんです。これが「気付かされた」感が強い。
さらにチカちゃんはヒロちゃんをロボットとして扱いますが、基本、チカちゃんはヒロちゃんと「人間として接しようとしている」。
同性だから女の子同士として接するとかじゃなくて、もっと基本的なこと。人間として接する。
人間として接するというのは異性間恋愛でも同性恋愛でも基本中の基本です。
「恋の相手と人間として接する」という時としてわたしたちが人間であるが故にその傲慢さから忘れがちなこの概念は、ヒロちゃんがロボットであるが故に頻繁に読者に「気付き」を促します。
人間として接するとは相手を敬うということです。すごく当たり前のことですがわたしたちは忘れがちです。わたしの話を聞いてくれない。あなたは主張ばかりでなにがしたいの? 愚痴ばっかりであなたは本気で話し合うつもりはあるの? 時にはこれらは感情論に発展して話し合い自体の収集がつかなくなります。こういう負の感情は一見するとよくない感情で話合いが必要になった時には邪魔なものかもしれません。でも、これは人間対人間のみで発生する感情です。もし相手が自分の思うとおりに動いてくれたらそれは人間と付き合っているとはわたしにはとても思えません。だからこういう相手の負の側面も尊重してこその人間対人間でしょう。逆に言えば負の側面があるからこそ、人間対人間なのだと思います。
チカちゃんは「相手が思い通りに動かない」ことを前提にヒロちゃんと付き合います。なにしろヒロちゃんはロボットですから。
この論理のパラドックスはロボットであるヒロちゃんと付き合う、という前提がないと発生しません。そしてこのパラドックスはヒロちゃんがロボットであるがゆえの「気付き」のひとつと言えるでしょう。
チカちゃんは思い込んだら一途な女の子として描かれていますが、それだけにとどまらず、異常なまでに繊細な女性に映るのは常にヒロちゃんと人間として付き合おうとする描写が挟まれるからだと思います。
でも哀しいかなヒロちゃんはロボットなのです。チカちゃんが人間として扱おうとしても、恋もなにもかもが処理は全てデータとして扱われます。これは絶対にゆるぎません。
なにかの切っ掛けでふとヒロちゃんに心が芽生える。そういう設定はドライに排除されています。
チカちゃん以外のヒロちゃん関係者はヒロちゃんを徹頭徹尾データの集合体として扱います。またチカちゃんも「キスの実験」をする甘いシュチュエーションにおいてもヒロちゃんに目隠しを忘れません。普通に考えてロボットの行動は記録されているからです。チカちゃんもヒロちゃんと人間として付き合いたいのにどうしてもロボットだと「気付かされて」しまうんです。
非常に即物的にヒロちゃんが扱われる瞬間が物語を読んでいて引き込まれる寸前に突然、読者の前に何の前触れもなく現れるのがこの漫画の特徴です。その瞬間にまたわたしたちは「気付かされてしまう」のです。
この漫画は甘美な恋の瞬間の手前で「ヒロはロボットだ。思い出せ。どうすればいいか考えろ」と不意に読者を促すのです。
しかし陰惨になりがちな設定でありながらこの漫画はポジティブな感情を読み手に促します。読んでいてすごく気持ちがいい。西UKOのポップでキャッチーな絵のタッチに寄る所も大きいのですが、ヒロちゃんもチカちゃんも悲惨な境遇下にあってもネガティブな感情はなるべく抑えているからでしょう。ネタバレを少しすると、泣くシーンは本編中二回だけです。あとはヒロもチカも常に笑顔です。
この漫画はヒロとチカの一人称が一話ごとに交互に連続します。これがヒロとチカのアイデンティティーの変化をうまく捉えています。人間は相互の関係にある以上、影響し続けて精神は成長します。人間のチカはともかくヒロはなにをもって成長とするのか。ロボットであるヒロは基本的に感情を持ちません。では何を軸に成長(学習)していくのか。このギミックは恋愛漫画ならではです。これがおそらくこの漫画が即物的になってしまわずエモーショナルである理由だと思います。
「百合」と「SF」という設定を利用して恋を見直す。わたしは強烈なショックを受けました。とにかく設定の隙間を利用した「気付き」がうまいのです。
無論、この作品にも穴はあって「SF」という設定を「恋」に落とし込もうとするあまりSFの美味しいとこどりになっている部分も多々あります。ここはSFとして扱うのに、なぜここはスルー? という部分もあります。
しかしわたしはこの漫画を読んで「百合作家に違う世代が出てきた」と思いました。大げさな言い方かもしれません。西UKOにとってもこの作品は特別なのかもしれません。もう二度とこのクラスの漫画は描けないのかもしれません。でもわたしはこの漫画に新鮮な衝撃と「気付き」を受けました。
それだけでもうこの漫画は役目を十分に果たしているのではないのでしょうか。あとは未読の読者がこの漫画を読むだけなのです。
人間の温かく湿った、暗くて一番深く、そしてとても柔らかくて安心する場所をこの漫画は備えていると思います。ストーリーテーリングも西UKOの絵柄も、全て含めて。
そして驚くべきことに、そんな原初的な感情を促すこの漫画は、ロボットと人間の恋を描いた百合作品なのです。
この二人の恋と愛は永遠に続く。そんな予感がします。なにしろヒロはメンテナンスさえ定期的に受けていれば半永久的に稼働し続けるロボットなのですから。
チカが死んでしまってヒロだけが世界から取り残されても、この二人の恋は途切れることなく続くのだと思います。
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