奇妙な触れ合い。『恋愛ラボ』

恋愛ラボ アニメ 漫画 感想

恋愛ラボ 1 (まんがタイムコミックス)

恋愛ラボ 1 (まんがタイムコミックス)

最近、ネットでよく見かける文面。「アニメ『恋愛ラボ』に百合を期待して騙された連中が、後悔する姿が見える」
恋愛ラボ』に騙される? 恋愛漫画と百合漫画を行き来しているだけの宮原るり原作の『恋愛ラボ』は本当に後悔するのか?
だけれどアニメ版一話の放送後、インターネットはそういった言説に溢れている。
宮原るりは百合厨に対し大きな裏切りをしたわけでもないし、オタクを激怒させるような真似をしたわけでもない。
宮原るりは一体、なにを仕出かしたのだろう?

(*7/18 追記。ここで述べる「百合」と「恋愛」の価値観について説明しておきます。「百合とは女性の同性愛、恋愛、あるいはそれに近い友愛のこと」「恋愛とは男女間の異性同士の恋愛」を指します。「百合」の価値観は「百合」という言葉を使う方なら誰でも知っている観念で、説明の必要がないものだと僕は思っていたのですが、そうでもないようなので補足します。「恋愛」については「男女間の恋愛」と明記すべきでした。説明不足をお詫びします)

  • 漫画家たちの娘

宮原るりは物心ついた頃からノートに漫画やポエムを書いていた。小学校の時点で漫画家になりたいと思うようになる。
典型的なオタク、漫画好き少女だった。
社会にでるとフリーライターに就く。そして結婚。ふとした気まぐれでペンタブレッドを購入。絵を再び描きはじめる。
2005年にサイトをたちあげ「a+r」のHNでとなりのネネコさんを連載開始。ネネコさんは一見、普通の容姿だが実は顔が猫というスプラスティックな要素の四コマ漫画だった。これが好評を博して商業誌に掲載。漫画家としての認知を得る。
となりのネネコさん』の特徴として実際にヒットした数々の少女漫画、少年漫画のパロディが登場することが挙げられる
ネネコさん自身もオカルト漫画のキャラクターからイメージを拝借している。

実際のコミックやアニメから名前やイメージを頻繁に借りるなど、宮原るりは処女作からオタクっぷりを発揮する。
なお、サイト『ヘッポコロジー』は現在も継続中であり、ここで閲覧可能なイラストには様々な手法で描かれたネネコさんや恋愛ラボのキャラが並んでいる。また『となりのネネコさん』もここで無料で読むことができる。

「宮原るりのヘッポコロジー」


本人もかなりの漫画好きを公言。「少女漫画、青年漫画なんでも読む」とむんことの対談で応えている。
松本大洋『ピンポン』をかなり高く評価している宮原は「七五調のセリフがいい

期せずしてヨルムンガンドの作者、高橋慶太郎は編集に「キャラのセリフに気をつかえ。七五調の俳句のようにしろ」というアドバイスを受けている。高橋は独特のセリフ回しを持ち味とするのが特徴だ。

漫画を選ばずに読んでいた宮原は、漫画を読むことで独自にテクニックを学んでいたのである。

2006年から雑誌「まんがホーム」で恋愛ラボを「まんがタイム」でみそララの連載を並行して開始。
みそララ』に『恋愛ラボ』の登場人物を出演させてファンを楽しませた
漫画家むんこの影響だと宮原は語るが、このクロスオーバー、メディアミックスの手法は宮原るりが漫画というメディアを大量に消費した経過の結実だと思われる。
手塚治虫のスター制度にはじまり、CLAMPの世界観、キャラ共有で一応の収穫を得た同一作家によるクロスオーバー企画は現在も陸続とエピゴーネンを生みだしている。
宮原もそのエピゴーネンのひとりだ。

2006年、「まんがホーム」「コミックエール」で並行して恋愛ラボ連載開始。だがこの作品は奇妙な経過を経た結果、いままであったようで、なかったような作品に仕上がった。

恋愛ラボ』は、少女漫画の快活なヒロインの典型像であるリコお嬢様キャラのテンプレートであるマキ、ドジっ子のスズツンデレエノ眼鏡っ子サヨなど、これまでの少女漫画、百合漫画、少年漫画のテンプレートを解体、再構築した独特のキャラを登場させる。
またキャラ達が通っているのは「私立藤崎女子中学」。女子中学である学校でリコとマキは女子生徒の憧れの的である。
これは百合小説、漫画のパターンだ。
このキャラ達が恋愛ラボ」を設立。自分の恋愛を成就すべく、その下準備として「恋愛ラボ」に届く匿名投書主の恋愛を成就させる方法を「恋愛ラボ」で模索する。恋の手助けをすると共に、自分たちの経験値もあげていく寸法だ。
一方でリコは昔告白された男子生徒と再開する。またその友人とも出会いを果たす。これは恋愛漫画のパターン
恋愛ラボ」のメンバーは自分たち「女の子の気持ち」の限界を悟り「男の子の気持ち」を知る為に男子生徒と接触を計ろうとする。男子生徒が怖い少女たちはなんどもトライアルを繰り返し、失敗する毎に仲間内で励まし合う
これが百合漫画の設定と少女漫画の設定と融合し、また宮原特有の「画風が常に変化し続ける」特性が加わり、『恋愛ラボ』は心の成長ものとしても絶妙な漫画になっている。

なぜ、百合の設定と恋愛漫画の設定二つが途中で融合しだすのだろうか。

まんがホーム」に掲載されていたのが生徒会メンバー「恋愛ラボ」のいわゆる百合を中心に扱っていた通称「研究編」
コミックエール」に掲載されていたのがリコの塾での男女関係を描いた恋愛コメディを中心に扱う通称「実践編」
後にこれらが統合され「まんがタイムスペシャル」に『恋愛ラボ』が連載されるという経過をたどっている。
まんがタイム」は四コマ漫画雑誌だが、版元の芳文社は読者層を分けるために、計12冊の「まんがタイム」を出版していた。
まんがホーム」は一般向け。ただし、近年は若年層向けの萌えも中心になっている。大乃元初奈『おねがい朝倉さん』などは会社が舞台であり、ビジネス、日常系路線を目指しながら、キャラは萌え路線を選択している。
コミックエール!」は萌え系中心で「男性向けの少女漫画」がコンセプト。
コミックエール!」が2009年に休刊となったために、別々の路線を進行していた『恋愛ラボ』は統合が行われたのである。
こうして百合と恋愛の二つの要素が結実を得る。

  • 『ヘッポコロジー』から続く解体、諧謔精神

恋愛ラボ』のアニメを観たり、原作を読んだりすれば一番最初に目につくのが「過去のあらゆる恋愛、百合漫画をネタにして笑い飛ばす」という展開だ。
メディアに育てられた諧謔精神の持ち主は意識下のレベルで作品内において自己表現を行う癖がある。
サイト『ヘッポコロジー』にはありとあらゆるタッチで宮原るりが手掛けた漫画のイラストレーションが置かれている。
ここでは水木しげる長谷川町子などのパロディ、少女漫画、アニメ、CGイラストレーションなどを活用したいわばパロディ置き場の様相を呈している。
それがパロディにならないのは的確に解体し、再構築しているからだ。
それをそのまま反映するように『恋愛ラボ』でもあらゆる百合、恋愛、ホラー、ギャグ漫画のシュチュエーションを模倣し、それらにツッコミを入れて笑い飛ばす。
あるいは展開そのものに組み込んでしまう。
例えば単行本の口絵にはCGイラストが掲載されているが、これがいわゆるピクシブなどでみられる「百合シュチュエーション」のCGイラストのなにものでもない。
マキは仲間に自分の発明した「男子にモテる方法」を毎回披露するが、パンを咥えて走る、うなじを見せる、髪をかきあげる、涙をさりげなくアピールするなど、少年、少女漫画の恋愛シュチュエーションをことごとくネタにする。
これは宮原が単行本やインタビューで度々言及する「子供の頃の自分が書いたポエムや漫画を読み返すと恥ずかしくて耐えられない」をそのままマキたちに投影させていると踏んでいいだろう。
また「お兄ちゃんがモテる」「妹がモテる」といった噂にマキは翻弄される。榎本の兄はディープなオタク
宮原はオタク層向けのシュチュエーションもギャグとして採用する。

  • 女の子同士は互いの気持ちが分かる『百合漫画』 男と女の異性間では意志の齟齬が生じる『恋愛少女漫画』

恋愛ラボ』では百合漫画と恋愛漫画両方の要素がうまく融合している。
恋愛ラボ』ではラボのメンバーは互いに補助しあうことで、恋愛へのモチベーションを高めていく。また度々キャッチコピーで繰り返されているように藤女は現在、本当の恋愛をしているのではなく「恋に恋している」。これは少女恋愛漫画の設定パターン。
ところでリコはマキに「恋愛のベテラン」を自称しているがこれがハッタリ。
男子生徒の出現によってリコはハッタリがバレてしまい、マキとの友情が壊れるのを恐れるようになる。
生徒会室という密閉空間でリコとマキ、仲間たちはドタバタを交えた自問自答を繰り返し、励まし合い、「恋愛ラボ」メンバーの精神的結束は高くなっていく。これは百合漫画の設定パターン。何度も繰り返すが、恋愛ラボ』は百合と恋愛漫画ふたつの特性を兼ね備えている。

そもそも主人公格のリコが百合漫画と少女漫画の複合体だ。
頭を結わえ、常にリストバンドをしているリコは快活で男勝り。「ちゃお」「なかよし」のヒロインのような存在だ。
そのくせ男性経験は皆無で、マキに問い詰められると言葉を失う。
一方、リコは藤女では快活さと男勝りの性格が受けて女生徒たちから「ワイルドの君」と呼ばれている。
「藤姫様」と女生徒の憧れの的であるマキと一緒に行動すると「お似合いのふたり」などど呼ばれてしまう。典型的な百合作品のヒロイン的存在でもある。

恋愛ラボ』の「まんがタイム」8月号から「まんがタイムスペシャル2009年10月〜1月号掲載分(単行本4巻に該当する)では、マキに"ある真実"を告白する必要に迫られたリコは苦悩する。
ところがリコの悩みをよそにナギとヤンがマキに真実をばらしてしまう。少女漫画の男性キャラ特有の感覚で、さっぱりしたほうがいいというノリだ。傷ついたマキにリコは怯える自分を鼓舞してマキと対面する。
マキとリコは「互いに嫌われたくない」という気持ちを告白しあう。
このシーンは「意志の齟齬が生じてトラブル」という恋愛漫画のパターンと「同性同士だからこそ気持ちが通じる」という百合漫画のパターンが絶妙なバランスで融合している。
数々の作品を消費し、再構築してきた、まさに宮原るりという作家の真骨頂のエピソードのひとつだろう。

実はこの方式を採用しているのは宮原るりだけではない。秋山はるオクターヴ、中性的な男の子だった主人公が宇宙船との衝突によって女の子になってしまうアニメ『かしまし』、幼馴染に裏切られたさやかを杏子が救おうとするまどマギ、異性とのセックスよりも同性同士の気持ちのいい関係を好む『MAKAMAKA』

これらはどれも異性という「意志疎通が困難」な存在の介入によって精神的に不安定に陥ったヒロインたちが、「気持ちが通じあう」同性の癒しを受け、精神的絆を深める物語だ。
アニメ『かしまし』の脚本を手掛け、ノベルズ版『かしまし』も担当した駒尾真子「作品をつくるとき、同性同士ゆえに気持ちが通じ合う心理を大事にした」と『かしまし』のインタビューで述べている。

恋愛ラボ』だけが特殊な存在ではない事が分かる。以前からあった方式なのだ。

  • そしてアニメ化へと流れていく

別に特殊な案件ではないのに、なぜ『恋愛ラボ』だけ異常に騒がれるのか?
一般の目にも留まるようになったアニメ化の際のスタッフが問題の要因のひとつだ。
監督は太田雅彦、シリーズ構成はあおしまたかし、キャラクターデザインは中島千明、音楽は三澤康広と、主要スタッフはゆるゆり』『ゆるゆり♪♪』『みなみけでヒットを飛ばしているメンバー構成になっている。
アニメーション制作も『ゆるゆり』の動画工房
中島千明の手によってアニメ用に調整を施されたリコとマキの小気味の良いギャグを交えたやりとりや、画面全体の淡い色使い、作画面などで『恋愛ラボ』は『ゆるゆり』や『みなみけ』を連想させる。
太田雅彦監督は新番組を監督する際、現在は新しいスタッフとのコラボに対して否定的だ。
それよりも作品を通して意志疎通が容易になっているスタッフと作った方が作品として視聴者に安定供給できる。
制作におけるメンタルの面もある。
なにより2006年の『夜明け前より瑠璃色な』のテレビ放送版は作画崩壊を起こしており、DVD版で大きな修正を迫られるという経緯を太田雅彦自身が経験している。
結果としてアニメ恋愛ラボ』はキャラ、雰囲気、作画、音楽などが限りなく『ゆるゆり』『みなみけ』に成らざるを得ない
プロデューサーも鳥羽洋典、桜井嗣治、遠藤哲哉、金庭こず恵、鎌田肇、丸山博雄、南寛将とベテランぞろいながら、基本的には監督やスタッフの意向を尊重するメンバーが揃っている。

ゆるゆり』『みなみけのメンバーで、百合を描いた「研究編」の一話をアニメ化すれば、自称百合厨の面子は『ゆるゆり』のような展開を期待せざるを得ない。原作を追いかけて読み終えた結果、裏切られたような気分に落ち込む場合もあるかもしれない。

しかし『恋愛ラボ』は繰り返しているように「百合」の資質も確実に持ち合わせている漫画だ。
監督の太田雅彦と彼が率いるメンバーは原作からアニメ化に対するリスペクトの度合いが高い
そしてプロデューサー陣。
色んな意味で意見が分かれそうな『恋愛ラボ』アニメ版は、原作を読んでいる視聴者にとっても見届ける価値があるだろう。

現在も連載が続いている『恋愛ラボ』だが、宮原特有の「画風の著しい変化」によって益々展開に磨きと説得力が強くなっている
また既存のテンプレートを宮原るり特有の感覚で逆手にとることでキャラ立ちとキャラの感情の整合性をうまくコントロールしてもいる。読者や視聴者は安易に感情移入が可能だ。
恋愛少女漫画と百合漫画双方の特質を兼ね備えた恋愛ラボ
アニメ化によってさらなるブレイクを呼ぶか、あるいは熱心な漫画の読み手によって徐々に浸透していくか。
個人的にはアニメも原作にも大きな期待を寄せている。
こんな「なんでもあり」な構成と要素を備えていながら、結果として作品は頭一つ飛び抜けたクオリティを保っているからだ。
日常系でありながら恋愛を通して自分たちの経験値を蓄積し、成長していくリコたち。
百合漫画、少女恋愛漫画としてより「漫画」という枠組み自体を拡大している『恋愛ラボ』の宮原るりは要チェックな作家といえる。

女子高生Girls-Live(1) (アクションコミックス(コミックハイ!))

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