現実想像『プロメテア』

プロメテア 1 (ShoPro Books)

プロメテア 1 (ShoPro Books)

プロメテア【固有名詞】【形容詞】【造語】【俗称】

18世紀の詩人チャールトン・セネットの幻想抒情詩『妖精ロマンス』において最初にその名前が確認される。飛んで20世紀に入り、ニューヨーク・クラリオン紙にマーガレット・テイラー・ケイスの手によるコミックストリップ『摩訶不思議魔法の国のリトル・マージーに妖精女王として「プロメテア」の名前が確認されている。1914年になると世界は大戦の渦に巻き込まれるが、興味深いのは第一次世界大戦中における戦場での兵士による「戦場に現れて瀕死の兵士を救ってくれる幻の女性」の目撃談に度々「プロメテア」の名前が登場する事実である。戦争終結後の20年代アメリカにおいてパルプマガジンのブームが発生。アストニッシング・ストーリーズ紙に連作ファンタジーの中編が連載されるが、そこでも「プロメテア」の名前が今度は主人公として浮上する。当時のパルプマガジン覆面作家が多く、また共同作業で書かれたものも多かったので「プロメテア」も『吸血鬼ヴァー二ー』やラヴクラフトを嚆矢とする「クトゥルーもの」の例に漏れず、複数の作家の手によって書かれていた。38年にコミック専門誌のエイベックスマガジンに版権を買われた「プロメテア」は『プロメテア』としてコミック化される。この「プロメテア」はR・E・ハワードの『コナン・サーガ』に代表されるようなヒロイックファンタジーやC・A・スミスのような怪奇趣味の強かったパルプマガジンものから離れ、当時のコミックブームを反映してSFやポリティカルアクション、恋愛物を乱暴に寄せ集めた荒唐無稽な要素が前面に押し出されていた。但し、1941年から作画・原作を担当したウィリアム・ウールコットは自身の元教師としての素養を反映。。ウールコットの『プロメテア』は女性主人公としての素質を大きく生かしたものでフェミニスト批評家からも絶賛を受ける。ウールコットはゲイだった。ウールコットは1970年に同性の恋人に射殺されている。関係が良好だった二人が何故破局したのかは不明。ウールコットの死後、若手のラジカルなコミックライター、スティーブン・シェリーが『プロメテア』を引き継ぐ。彼の妻であるバーバラをモデルにした「プロメテア」は知性と愛情に満ちていたが、売り上げはさほどではなかった。エイベックスコミックは連載を凍結。これは当時男性主人公がメインだったコミック業界に女性ヒロインをメインに据えた作品をリリースした為に読者受けが悪かったからではないかと推測されている。


……という長い歴史を持つ『プロメテア』という作品とそのヒロイン。今度は原作に、現代の魔術師アラン・ムーア(『Vフォーヴェンデッタ』『ウォッチメン』『キリングジョーク』)と作画担当にJ・H・ウィリアムズ3を迎えて復活を遂げた訳だが……。

実はアラン・ムーア以前の歴史は全てフェイクなのだ。アラン・ムーアが『プロメテア』を書く際にデッチ上げた設定なのである。

かように『プロメテア』はオカルト要素が強い。ムーアのオカルティストとしての素養全開である。『Vフォーヴェンデッタ』で神秘主義の強い側面を垣間見せ『ウォッチメン』では疑似歴史と矢張りオカルトの知識を生かしていたのだが今回は全力でオカルトだ。
しかもオカルトなのは『魔法少女』でオカルトである。ただし、そこはアメコミなので日本の萌えなファンタジー魔女と違い、西洋文化背景を生かした魔女である。さらに気の毒な事にムーアは上記した偽歴史設定を全て物語に組み込む。なので現代(1999年。ノストラダムスの予言の日だ)の「プロメテア」から過去の物語に登場した「プロメテア」まで全員揃って登場する。それだけにとどまらず、作中では過去の「プロメテア」の物語が開陳される。何故ならプロメテアに変身する為には、想像力によって「プロメテア」の文章を書いたり絵を描いたりするという行為が触媒として必要だからだ。

一巻は序章みたいな感じになっているので、おおよそのページが、過去に活躍した「プロメテア」が現在の「プロメテア」に地獄巡りをしながらこれまでに各々が活躍してきた分野の技術、つまり剣技や魔術を伝授するのに費やされている。上記したが、各時代の作家達の「プロメテア」の解釈は多義に渡っているからだ。「プロメテア」は悪魔で物語の主人公である為に、語り手が違えばその姿も素養もまるで異なる。
想像世界と現実世界を行き来するプロメテアは彼女の物語を書いた作者の認識の産物であるが故に、認識次第では世界さえも変わってしまう。1999年の「プロメテア」とは個人の認識によって分断された過去の「プロメテア」の歴史を再統合する物語でもある。

この認識によって変化する地獄巡りが尋常ではない。作画のウィリアムズ3がムーアの用意した膨大なオカルトの知識を披露しつつ、実験的な技法を生かし次々と読者の前に目もくらむようなビジュアルが展開する。
実験的、と言っても尻込みする必要はなし。ムーアは作画能力に長けた作家と組む場合が多々あり、このウィリアムズ3も例外じゃない。
ムーアのストーリーテーリングの上手さもあって兎に角、続きが気になる展開で、それに加えてウィリアムズ3のどこか敷居を低く設定している技法は読者の目をページから滑らせない。ビジュアルが派手という事もあると思う。どぎついながらもどこかステンドグラスを通して見ているような華麗さも併せ持っているビジュアルはポップでキャッチーで、とにかく綺麗の一言に尽きる。これは各プロメテアの世界がSFやヒロイックファンタジー、ハイファンタジーアメリカンコミックなどを基礎にしているからだろう。こういった旧来のポップさと実験要素が加わって今迄に見たこともないような絵図が展開されている。

うええ、なんか凄そうだなあ、と思う書き方だが、実際に凄い。値段は三千二百円(税抜き)と学生などは若干勇気を必要とされる値段だが、三千二百円分(税抜き)の価値はあると思う。ビジュアル面でも、ストーリー面でも。そして分厚い。地方都市のタウンページを上回るページ数である。三千二百円のカツ丼を頼んで、高級なのがちょびっと出てくるかと思っていたら、高級なカツ丼が「かつや」で三千二百円とされている分量ほど出てきた、と思えばよろしい。
なんか最近、そういうアメコミ増えたよね。

ムーアは魔術師ガチ勢である。某作品の映画化の話が持ち上がり、映画会社と揉めた時、ムカついたムーアは映画会社に呪いをかける儀式を行った。
翻訳を手がけた柳下毅一郎氏によれば「昨今の若者で魔術やってる奴はだいたい『プロメテア』から入った」というくらいである。ゴスな恰好をしてサバスやクイーン・オブ・ザ・ストーン・エイジ、ウィズイン・テンプテーションラクーナ・コイルなんかを聞いてクロウリーやウィリアム・ウィン・ウェストコット、ブラヴァツキーやシュタイナーを読んでいるあの娘達はみんな『プロメテア』を読んでいるのか? 
どうなんですか! 柳下さん!
おじさん、若者の気持ちが知りたいんだよ!

翻訳者、柳下毅一郎氏の名前が出たので補足する。『プロメテア』には巻末に用語の解説集がある。これが濃い。一番最初に僕は『プロメテア』の設定を書いたよね? あれ18世紀から現代までの詩とか、パルプマガジンとか、オカルトの歴史とかコミック誌の情報とか一杯入ってたよね?
つまり、柳下氏はこれらの意味のある情報から、英語圏の俗語やスラング、虚構の名前やどうでもいいテレビ番組、意味があるのかないのか分からないようなセリフまでほぼ全部翻訳、解説しているのだ。これは本編にまで及んでいる(例えば本編の1999年の未来都市には『泣きゴリラ』というキャラクターの看板が頻繁に出現し「ウィンドウズをアップデートしろ」だの「どうしてたまごっちにエサをやらないんだ」だの、本編とはまるで繋がりのないセリフを連呼しているが、中盤になるとこの『泣きゴリラ』が実際に本編に登場する)。
ムーアが原作を手掛けてしまった為に奇書の部類に入りかねないコミックになってしまった『プロメテア』の翻訳作業には本当にご苦労様でした、としか言いようがない。
二巻も宜しくお願いします。

帝都物語〈第壱番〉 (角川文庫)

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